第704回三田演説会「社会の変化と刑法の変化」が先月5日、三田演説館で開催され、慶大名誉教授で、中央大大学院法務研究科教授である井田良氏が登壇した。
 
過去30年間の国際的傾向として刑罰積極主義への移行を指摘し、特に顕著な重罰化・厳罰化、処罰の早期化という2つの傾向を中心に問題点を論じた。
 
井田氏によると、重罰化・厳罰化の背景には犯罪の発生原因を社会的条件と関連付けようとする思想の衰退と、責任は個人が負うべきだとする昨今の風潮がある。
 
しかし、被害感情を刑罰の重さに反映させることは、証拠重視の「無罪推定原則」に矛盾すると説明。被害感情は、被害者の「私益」ではなく、将来の犯罪を抑制する「公益」へ転化すべきだと主張した。そのため、犯罪の原因を科学的に究明し対策を行う姿勢へ回帰する必要があるという。死刑制度は存置の是非を論じることに終始せず、刑の執行方法を人道的なものに見直すなど、現行制度の適切な運用が重要だと述べた。
 
他方、処罰の早期化は、社会の巨大化・複雑化、科学化・高度技術化などにより個人が重大な被害を生み出し得るという状況や、組織犯罪の脅威に対する懸念から生じた必然的現象だという。早期処罰は被害の未然防止を目的とするが、日常的な行為と違法行為の区別が不分明になりかねないとして、注意喚起した。
 
井田氏は一貫して、刑法学は「人」と「社会」に関する学際科学の最たるもので、多くの学問領域にまたがる、大変魅力のある学問だと強調した。絶妙なユーモアを交えた演説で、最後まで観客の心を引き込んだ。