2017年現在、音楽をどこで入手し、どのようにして聴いているか。音楽配信サービスが台頭し、CDが売れない時代とも言われている昨今、お店で音楽媒体を購入するというのは、主流では無くなりつつあるのかもしれない。
そんな中、一部の若者で密かに話題となっているものがある。今から約50年前に生産が開始された、カセットテープだ。
「80年代、カセットテープは庶民にとって一番身近な音楽メディアだった」。そう語るのは、カセットテープ専門店「waltz」代表の角田太郎氏だ。80年代、当時主流だったレコードは高価で、お金の無い若者は、ラジオやレンタルレコードをカセットテープに録音することで大量の音楽を聴いていたからだ。
カセットテープを生産する日立マクセルによると、1989年をピークにカセットテープの生産は急速に落ち込んでいった。かつて庶民に一番近い存在だったカセットテープは、「人々から一番遠い音楽メディアになった」と角田氏は語る。なぜカセットテープが今、見直されているのか。デジタルを経験したからこそ、新たな魅力がカセットテープには出てきたという。
一つは、物としての魅力だ。レコードやCDとは違った小さい長方形や、そこで表現されるアートワークから生み出される。
もう一つは、音質だ。音楽を聴く際、再生機器によって音質は大きく左右されるという。「音質の良い再生機器で聴くと、全てのメディアの中で一番音質が良いのではないか」と思えるそうだ。しかし、その音質の良さに気づいている人は少ない。カセットは80年代、高価なレコードを買うことのできなかった人々の間で流行したため、再生機器にお金を費やしている人が、ほとんどいなかったか らだ。
またデジタルとは違い、柔らかく丸みのある音をしている。聴き比べてみたところ差は歴然だった。
このような魅力溢れるカセットテープを専門に扱う店は世界的にも見ても他にないといわれている。
このような斬新な店を開いた理由は何か。角田氏は元々、日本でAmazonを立ち上げた際の社員で、約14年間働いていた。Amazonは10年以上働く人が少なく、学びもあまり得られなったことから、新たな挑戦をしたいと思ったそうだ。そして、Amazonや他の人ができないことをやろうと決断したのが、きっかけだと語る。
waltzでは、Amazonのような通販を行っていない。実店舗をアート的感性が刺激される空間にすることで、カセットテープに新たな付加価値を付けて提供しているという。
waltzは、10代の高校生から70 代の方まで、幅広い世代から支持されている。カセットテープをリアルタイムで聴いていた世代は、カセットテープの音に対し、懐かしさや安心感を得られるそうだ。若者から支持を得ている理由は何か。それはカセットテープを通して、人と違う自分でありたいという意識からではないか、と角田氏は推測する。
「かつてのカセットテープは、録音するためのものだった。今は、元々音楽が入っているミュージックテープ。昔の文化が再燃したわけでは無い」と角田氏は強調する。
約50年前からあるカセットテープ。変わらぬフォルムに新しい価値を加え、今、全く新しいメディアとして再出発している。
(山本啓太)