慶應義塾体育会が今年で創立1‌2‌5年を迎える。それを記念し、義塾と体育会の歴史、そして今に迫るため、福澤研究センターの都倉武之准教授と体育会の須田伸一理事に話を聞いた。
 
義塾体育会は「文武両道」を大切にしているとよく言われる。歴史的な背景から考えても、「文武両道」に込められた思いは特別なものであることが分かる。
 
福澤諭吉は、早くから体を動かすことの大切さに気づいていた。福澤は日本でもっとも早く、教育としての体育を取り入れた人でもある。
 
1‌8‌5‌5年頃から、福澤は緒方洪庵のもとで医学を学び、人間の体がどのように機能しているかを知っていた。そのことが体育を奨励するに至るきっかけだろうと都倉准教授は話す。1‌8‌6‌9年に発行された、『慶應義塾之記』という当時の学則では、食事のあとの「ジムナスチック」が奨励されている。また、福翁自伝には、「獣身を成して後に人心を養う」という言葉が書かれている。これは、「獣の身をまずつくれ、その上で人の心を養え」という意味である。つまり、小さい頃は身体をつくりなさい。そのあとで知的活動をしなさいというメッセージだ。
 
福澤の根本的な考えでは常に、体を動かすことと知的活動はセットである。あくまでも、精神の活発さの前提は身体の健康を保つことだと考えていた。
 
この福澤の考えは、今の体育会のあり方にも色濃く反映されている。慶應にはスポーツ推薦がない。スポーツ科学等を専門的に学ぶ学部もない。もちろん、スポーツ医学や、健康マネジメントなどの分野にも慶應は取り組んでいるが、それを学部にするとまでは至らない。スポーツ推薦は今後もないだろうと、都倉准教授も須田理事も見解は一致していた。慶應は、勝つためだけの選手、勝つためだけの練習でいいとは考えていない。
 
特定の学部へのスポーツ推薦がないことによって、各学部に体育会部員が在籍している。成績評価や授業の出席なども一般の学生と同じ扱いを受ける。また、慶應の体育会は原則として、希望者は全員入部できる。教育の基盤として、スポーツへの道は義塾で学ぶ学生全員に平等に開かれている。
 
福澤は、非常に実利的かつ科学的な考えをもとに、スポーツを知的活動の基盤として推奨した。「文武両道」の“道”が持つ、精神論的な要素は福澤の教えにはそぐわない。
 
「勝つためだけ」に固執しない慶應だが、勝たなくていいと考えているわけではもちろんない。しかし、スポーツと学問、その両者を大切にする慶應の戦績が徐々に落ちてきているのも、また事実である。限られた時間の中、これまでもやってきたように、科学的な練習法に基づいてやっていくしかないと須田理事は語った。福澤の想いと、この1‌2‌5年で培った伝統を受け継ぎ、義塾体育会がより発展することを願う。
(山本理恵子)