いま、我々が生きる、平成。平成とはどんな時代なのか、これからどうなっていくのか。めまぐるしい変化が起こる中で消えていったもの、新たに生まれてきたものをこの連載で振り返り、考えたい。
第1回目である今回は、「手書きの手紙」を取り上げる。メールやSNSで簡単に連絡が取れる現代では、手紙を書く機会は大幅に減少した。平成の時代を経て、手紙は生活の中でどう位置づけられるようになったのか。手紙文化振興協会代表理事である、むらかみかずこ氏に話を聞いた。
昭和の時代、遠く離れた人と連絡を取る手段は、電話か手紙に限られていた。平成に入り、FAX、パソコン、携帯電話など次々に通信機器が生まれたことで、連絡手段は増えていった。
今ではメールやSNSを用いて連絡を取るほうが、便利なうえに確実だ。そのため、手紙は書かなければならないものではなくなり、普段のやりとりに「添える」ものとなった。「かつて連絡を取り合う手段だった手紙が、気持ちを伝える道具へと変わってきている」とむらかみ氏は指摘する。
現在最も一般的に書かれるのは、お礼やお祝いの手紙だ。そのほか、物を贈るときに送付する手紙や、お詫び、お願い、お見舞いの手紙などがある。
手紙は昔に比べて身近なものではなくなり、特別なもの、という印象を人々は抱くようになった。機械で書かれた文字があふれている現在だからこそ、手書きならではの温かみをより感じられるのだろう。手書きの文字には書いた人の個性や性格が自然とにじみ出る。相手が自分のために手間をかけてくれたのだと思うと嬉しさも倍増だ。
ただ、特別なものという印象があるため、長い文章になってしまうと相手にプレッシャーを与えかねない。返事に困らないような、短いものの方が喜ばれる傾向にあるという。気持ちは文字数に比例しないため、「ありがとう」「おめでとう」の一言でも、手紙として十分成り立つ。かつては大きな便箋が主流だったが、今では一筆箋や名刺サイズのメッセージカードなど、小さなものがよく売れているそうだ。
手紙には基本的に「紙、筆記具、文章、手書きの文字、切手」という五つの要素がある。受け取る側の立場に立つと、便箋や切手の印象は特に残りやすいという。手紙の印象を決めるのは、「紙が7割、手書きの文字が2割、切手が1割」だとむらかみ氏は考える。紙を選ぶ時点から、手紙を書く時間は始まっているのだ。その季節に合った絵が描かれた便箋や、相手が喜びそうなデザインの紙を選ぶなど、ここにも相手への思いやりがある。
さらに手紙とメールの大きな違いは、相手に返事を期待しないことだ。手紙は気持ちを伝えたいという想いから書くものであり、あくまでも自分主体のツールなのだ。
「手紙は書かないといけないものではないが、書けば必ず得ることがある」とむらかみ氏は語る。口に出さなくても喜んでもらえ、相手との関係が今よりもさらに良くなる。書いているうちに言葉に対する意識が敏感になり、日本語力も磨かれる。相手を想いながら手紙を書くというのは、自分の心が落ち着く豊かな時間でもある。自分にも相手にも幸せを運んできてくれるのが手紙なのだ。
平成に入ってから、手紙は連絡手段としてはあまり使われなくなったが、気持ちを伝える手段としての手紙は生き残った。めったに書かれなくなったからこそ、相手を想って手書きで書くという「手間」に価値が生まれたのである。日本で千年以上前から親しまれてきた手紙は、平成の時代を経て、「気持ちを伝える最強のコミュニケーションツール」となったのだ。
(原科有里)