「武士道と云ふは、死ぬ事と見付けたり」
武士の本分を記した名著『葉隠』の一節だ。死を意識することには恐怖が伴う。だがそれに向き合った時、自分にとって何が本当に大切なのかが見えてくる。武士道論は、人生論でもあるのだ。
その武士道を、大学で授業として学べるなど、誰が想像しただろう。全ての講義が英語で行われるGICコースに、「The Way of the Warrior(武士道)」と冠された科目がある。教えるのは、ニュージーランド出身のアレキサンダー・ベネット教授だ。
剣道7段、なぎなた5段、居合道5段。ベネット教授自身が、武道を究め、「文武両道」を体現してきた。武道家として、新たな切り口から、武士の生き方・考え方に迫る。
「日本の伝統文化だから武士道を研究している訳ではない。武士の生き様には、人間すべてに共通した、より実りある人生を送るためのヒントが隠されている」とベネット教授は語る。
例えば、剣道の教えの一つに「残心」がある。一本が決まっても、相手の反撃に備え、すぐに次の構えをとる。残心を示すということは、気を緩めないことであり、掘り下げれば、「生きていることを当たり前と思うな」という戒めでもある。 武士の死生観を受け入れることで、家族や友人への礼儀と感謝の心が生まれる。
授業では、それぞれの時代の武士道論が語られた文献や映像資料に、丁寧に解釈を加えていく。教授自身の経験と武道の心得を絡めた実践的な視点からの分析は、実に明快だ。
また、武士の系譜を追うことは、日本の歴史と民俗への理解を深めることにもつながる。武士が生きた時代としては、戦国の乱世にスポットライトが当たりがちだが、泰平の世といわれた江戸時代にも、武士の文化の根底には「生きるか死ぬか」の心構えがあった。
冒頭に取り上げた『葉隠』は、「平和が当たり前」となった武士の世に一石を投じた。何時も「死を覚悟」することで、自らの行動に責任を持ち、一日一日を無駄にしないよう説いたのだ。武士の捨て身の精神には、現代に生きる我々の目をも覚ますような普遍性がある。
「生徒が自らのアイデンティティについて考えるきっかけになれば」とベネット教授は語る。クラス全体を巻き込んだ丁々発止の武士道論議は、まるで剣道の打ち合いのよう。積極性と好奇心のある学生に、日吉道場の門戸は開かれている。
(広瀬航太郎)