近い将来、私たち学生のうち大多数は企業への就職という進路をとることになるだろう。そのため今から会社の未来像について考えを深めることは重要な意味を持つはずだ。今回は産業構造の変化と法人の関係について著作を出している国際基督教大客員教授の岩井克人氏にこれからの会社のあり方はどのように変わるのか尋ねた。

まず前提として会社は異なる2つの側面を持っていることを岩井氏は指摘する。一つは株主によって所有されることにフォーカスした「モノとしての会社」の面。もう一つは従業員と雇用契約を結び、会社資産を所有することにフォーカスした「ヒトとしての会社」の面だ。これらはコインの表裏として二つで一つの会社を形作っている。特に前者の傾向が顕著な会社運営の仕方を株主主義的経営あるいは米英型経営といい、後者の傾向が顕著なものを会社共同体的経営あるいは「ライン川的経営」という。

1990年代頃から2000年代初頭にかけては、IT革命が勃興し、ポスト産業資本主義への移行にいち早く成功したアメリカやイギリスの株主主義的経営が世界を席巻するかに思われた。しかし同経営のモデル的企業であったエンロン社が倒産し、ITバブルが崩壊すると懐疑の目が向けられ始める。ベルリンの壁崩壊以来混乱に陥っていたドイツ経済が息を吹き返し、「ライン川的経営」が再評価されるようになる。日本でも「失われた20年」では株主主権の絶対的優位が唱えられたが、ライブドアによる粉飾決済の発覚などが明らかになり始めると「ヒトとしての会社」の側面が見直されるようになった。

現在、ポスト産業資本主義において最も成功している企業の一つにGoogleがある。同社のホームページを見ると、短期的な利益は追わないと書いてある。事実、2‌0‌0‌4年の上場に際し、公開された株式の議決権を創業者が所有する株式の10分の1にし、経営が株主の短期的な視野に左右されない工夫をした。また週の一日は自分のために使うことを勧める20%ルールなど、社員に自由を与えることによって、逆に長く勤めるインセンティブを高めている。岩井氏はここに「ライン川的経営」の新しい形を見出すことができると話す。継続的にイノベーションを起こすことで他社との差別化を図る必要があるポスト産業資本主義において、長期的視点に立って仕事ができる「ヒトとしての会社」を重視する仕組みが威力を発揮しているのである。今後は終身雇用や年功賃金によらないGoogleのような方法で社員をつなぎとめる会社が一般的になるだろうと岩井氏は推測する。

では私たち自身はどのように会社と向き合っていけば良いのだろうか。一社に勤め続けることに固着せず、就職を自己実現の一つの手段として捉えることが重要だとした上で岩井氏はこう続ける。

「仮に起業するにしても、市場を発掘したり人的ネットワークを広げたりできるという意味で一度会社に勤めることの価値は依然として残ります」

AIの発達など数々な要因によって雇用の形は変わっていくに違いない。しかし、これまでに比べてより自由な働き方を選べるようになるのも事実のようだ。自分のやりたいこと、できることは何なのか理解し、変化をいとわない人間になれるか、我々の真価が問われる。
(田島健志)