「一身にして二生を経る」。福沢諭吉は著書『文明論之概略』で自らの人生をこう評した。時は降って現代、彼の学舎から再びこの言葉を地でいく怪物が現れる。芦名佑介その人だ。
芦名氏はアメフトU-19日本代表に当時最年少で選出され、翌年にはキャプテンを経験したフィジカルエリートだ。また慶大商学部から電通に入社し、2年目にはプルデンシャル生命へと転職して最年少で営業所長へと昇進した「デキる」男でもある。昨年にはハリウッドスターを目指して仕事を辞め、単身渡米。現在は帰国し無職というからその半生の濃密さには驚くほかない。これでもまだ27歳なのである。
まず、彼にとって最初の大きな決断となった電通からプルデンシャル生命への転職について尋ねると「スカウトがきた時にはすでに電通を辞めるつもりでいた」との答えが返ってきた。両社はいずれも巨大企業であり従業員の賃金が高いことで有名だが、後者は特に完全歩合制をとっているという特徴がある。最初の数年間を除いて固定給はないため、成果が上がらなければ生活の存続自体が危ぶまれる厳しい環境だ。何が彼をして安定を捨ててまで新たなチャレンジさせたのか。
「社会人になってからの自分と大学時代の自分を比べた時、大学生の自分の方が凄いという確信があった」
社会人1年目を振り返った時に自分のことを尊敬できなくなっていたことが危機感として彼を捕らえ、転職の大きな動機となったのである。
転職後、睡眠時間を惜しんで働き、最年少営業所長にまで上り詰めた芦名氏。自身の立てた目標をプルデンシャル生命で達成したあとは次なる成長を求めて退職を決意する。アメリカで夢を追いかける友人に触発され、次の目標はハリウッドスターに定めた。
単身アメリカに渡った彼に、もちろん決まった収入はない。駆け出しの役者としてもがく毎日が続いたが、その中で大きな発見があった。その日々の中でこれまでにないほどの幸せを感じていたのだ。慶應、電通、プルデンシャル生命とずっと他人からの評価を軸に生きてきた彼にとって大した金も地位もない状態に満足できることは衝撃的な出来事だった。
その一方で資本主義社会では金がないと生きていけないということも強く感じた。「ハリウッドスターになりたい」と少女に語った時、「それなら金とコネが必要ね」と言われた経験は彼にさらなる衝撃を与えた。アメリカ滞在に必要なビザ更新の審査に落ちたことをきっかけに、芦名氏はもう一度日本から多くの人に影響を与えられる男になろうと考え帰国。現在は起業に向けて準備を進めている。事業内容はずばり「勇気を与えること」。自身がこれまでに経験してきたことや自身の哲学を講演会などで多くの人に伝え、力に変えてもらうのだ。
私はインタビューの前からこの圧倒的な行動力を支えるバイタリティの源泉がどこにあるのか気になっていた。芦名氏はよく「死」という言葉を使う。あるいはここにその秘密があるのかもしれないと彼に発言の真意を尋ねると「自分は死の感覚をナチュラルに持っている」と話してくれた。
芦名氏は慶應義塾高校在学当時に両親を病で亡くしている。
「あの両親ですら早くに亡くなってしまったのだから、自分が50歳まで生きられるとは思っていない」
つまり日本人の平均寿命より見立ての人生が30年は短いことになる。この死に関する時間感覚が彼の「濃い」生き方に反映されているのだろう。
「今ある材料で何を作るかが問題なのに、材料が悪いと言って投げ出す人が多い」
現代を生きる怪物が語る言葉の一つ一つには真似のできない実感がこもっていた。これからも彼の言葉、そして行動は注目を向ける人々に大きな勇気を与えてくれるに違いない。
(田島健志)