「音に触感を感じる」「文字に色が付いて見える」など、外部からの一つの刺激に対して、複数の感覚が交差する現象を「共感覚」と呼ぶ。一部の人しか自覚することのできない感覚であり、生涯で全く経験することのない人も多いという。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任教授で、ゲームデザイナーの水口哲也氏によると、近代の芸術史において、視覚的なものは美術、聴覚的なものは音楽のように、それぞれ単一のチャンネルでアウトプットされてきた。そして、現代はそれぞれのチャンネルがかなり成熟した段階にあるという。
水口教授の研究は別々にアウトプットされ発展してきた全ての感覚を、デジタルの力で再統合した。個人の極めて主観的な感覚を、よりリアリティを持ってアウトプットしたのだ。VR(バーチャルリアリティ)と、水口教授が開発した共感覚ゲーム「Rez Infinite」のために独自に開発した「シナスタジア(共感覚)スーツ」を身につけると、映像、音、振動が統合された状態を全身で体感できる。
振動と音によって全身で音楽を感じる一方で、視覚的には空想の世界へと誘われる。立体視と立体音響の世界の中で宙に浮いた状態で、全身を使って自ら音楽を奏でているような感覚になる。これまで一部の人にしか感じることができなかった「共感覚」的な体験を、人工的に呼び起こすことができるのだ。
この技術はゲームの世界の外でも発展、利用することができるという。自分が感じているものを地球の裏側にデータで転送し、同じ感覚を同時に得ることができる。映像や音声だけでなく、全ての感覚によって他者と繋がることができる。さらに、人々の生体情報とつながると、より新しいコミュニケーションと医療サービスが生まれる可能性もある。
「インターネットの登場前後で世界が大きく変わったのと同じ程度の変化を、今後VRはもたらしていく」という。VRを用いた新しいテクノロジーによって、量子レベルに及ぶ「共感」が生まれる。今、感じているすべての感覚を他人と共有することができるのだ。同時に発展しているAIやIoTとも連携していくことで、今後「共感」の解像度はさらに上がっていくだろう。
水口教授の研究は個人の身体感覚を外在化した。しかし、「人間らしさと技術がどう折り合いながら発展していくか」が今後メディアデザイナーに課された大きな課題だという。気持ちが動く、感覚に訴える「センセーショナル」な体験を人の手によって作り出す上で、最も忘れてはいけないのが、あくまで自然で、人間的であることなのだ。
VRを用いた「共感」の技術が発展する未来は「不安から解放されていく未来」だと水口教授は期待を寄せる。遠くに住む人の鼓動を感じ、離れていても、相手が触れる仕草をするだけで、自分が「触れられた」感触を得ることができる。離れていることによる心の溝が埋められていく。
より大きな「共感」が生まれ、他人の気持ちがわかる。人々が「つながる」体験が最高レベルに達する未来が、不安をひとつずつ解消していく。
(平沼絵美)