しばしば、アニメや映画、小説などのフィクション作品において、人工知能が描かれることがある。手塚治虫氏の『鉄腕アトム』もその一つだ。
早稲田大学で人間共存型ロボットを研究している菅野重樹教授は、「『鉄腕アトム』はロボットと人間のあるべき姿を私たちに伝えている」と語る。日本で初めての国産テレビアニメとしても有名なこの作品では、人間であるお茶の水博士と人間と同等の知能を持った少年ロボット、アトムの交流が描かれている。手塚氏はアトムに人間並みの知能を持たせたが、人間のような感情を持たせることはしなかった。それは、ロボットと人間は大きく異なっているというメッセージを伝えている。
実際、ロボットが人間並みの能力に近づくことは難しい。例えば、介護の現場でロボットが活用された場合、ロボットは人間からの指令で要介護者をベッドから起こすことは可能だ。しかし、要介護者に腰の痛みがあった場合、そこを優しく支える臨機応変な対応は難しい。ロボットには、目で見た人間の行動を予測し、その動きに対応することはできないのだ。
菅野教授は、アトムのような人間並みの優れた知能を持つロボットの実現は当分の間は無理だという。現在、小説を書くロボットや将棋をするロボットなどが開発されている。しかし、そのどれもが一つの分野のみに特化したロボットである。膨大な情報を処理し、なんでもできるロボットはまだ存在していない。
本質的な感情をロボットが持てるようになるか、ということについても研究している菅野教授は、「感情は外からの観察の結果である」と言う。「喜び」や「悲しみ」といった感情表現は、言語により記号化したものでしかない。自分の感情でも他者の感情でも、それが真であることは示せない。人間の本質的な感情とは、生き続けるためにそれがプラスに働くか、マイナスに働くかによって起きる身体反応である。これは人間以外の生命体でもいえることだ。例えば、猫の場合、餌が目の前にあれば喜んでいるように見える。一方で、目の前に敵が現れたときは激しく怒っているように見える。これらは、猫が生きていくために本能的に行動した結果から見て取れる感情だ。そこで、ロボットにも生きようとする本能的な要素をプログラミングする。そうすれば、猫のように外界の動きに反応して、ロボットの感情を外から観察することができるようになるかもしれない。
フィクション作品で描かれる人間とロボットの交流。現実社会で両者は共存できるのだろうか。教授は、「飼い主とペットの関係と同じように、ロボットが人間の存在を特別なものであると認めることができるようになれば本当の共存が達成される」と言う。人間とロボットが共存する社会が訪れるのはまだまだ先のことだ。
(鵜戸真菜子)