合計25ピッチのこの長く険しいルートを登るには、通常3日かけるとガイドブックに載っている。今回、我々はそれを1日で登りきろうということで、軽量化と高速化を考慮した装備で臨んだ。主に水を減らして軽量化を図るのだが、どうやら誤算が生じていたようだった。ルート全体の4分の3あたりで、すでに水が底を尽きた。登っている最中の衣類調整が甘く、汗をかき過ぎたせいもあるが、やはり持ってきた水の量が少なかったようだ。少し休憩を挟んだのち、上に登るしか道はないと判断し、オースティンにリーダーを受け渡す。
辺りがだんだん暗くなりはじめたと思いきや、太陽が沈むやいなや数分でヘッドランプが必要になった。ここからはヘッドランプの明かりだけを頼りに登らなければいけない。いつも以上に注意が必要であり、登るスピードもダウンする。頂上まで6ピッチを残し、時刻は夜11時を回っていただろう。眠気は感じないが、喉の渇きが激しい。気温が低いため汗はかかないが、動きを止めれば渓谷に吹く風が我々の身体を冷やさんと止まず、ただひたすら登り続けるしか道がないようだった。10メートルほど水平に続く足ひとつ分程度の幅の棚、Thank God Ledgeの前でリーダーを交代、同ピッチをすばやくこなし、最後のピッチも自分が先導することになった。
何十年も人が登り続けたこのルートの最終ピッチは、岩の形状が削られて少々シビアに感じられた。最初のプロテクションを取るため、3ミリほどの花崗岩の結晶にクライミングシューズで立ちこむ。傾斜は頂上に向けてだんだんとスラブ状に変わっていった。12メートルほど斜めに登ると、いよいよ水平な形状に手がかかる。手の向きを返し、脚をかけ身体全体を持ち上げる。興奮はしているが、息は切れていない。ロープを引きながら歩き、最後のボルトにカラビナをかけ、パートナーに合図を送った。
オースティンが自分に追いつくと、崖から少し離れたところまで二人で歩き、地面に座り込んだ。”Man, that was long”まさにオースティンの言うとおり、長い1日だった。時刻は午前2時、約19時間登り続け、渓谷を一望できるハーフドームの頂上にたどり着いた。もちろん深夜なので、ほとんど何もみえない。遠くに町の明かりが見えたくらいだ。サクラメントの方角だろうか。ここからまた2時間かかる下降のことを少しの間忘れ、2人で一日の長さと短さを笑った。
余談ではあるが、あまりひどい脱水だったため、サンノゼの街に帰ってきた今でもつま先が少し痺れている。どうしてそこまでして岩を登るのかとよく聞かれることがあるが、はっきりとした答えはまだ見当たらない。山岳競技は危険予測、思考判断能力を含め、人間に与えられた能力をフルに使わなければいけない。僕なんかよりはるかに上のレベルで活躍するクライマーの中にも、クライミングこそ真のスポーツだと考えている者が多いのではないかと思う。大自然に同化し、授かった本能に従って戦うのがクライミングというスポーツで、このことがきっと我々クライマーの心を掴んで離さないのであろう。
(寄稿:駒井祐介さん)