自らの興味を追求し提言する塾生がいる。慶應義塾大学辯論部は自分の考えをわかりやすく伝えることを日々追求している。「話す」という形で相手に何かを伝えたい時、言葉の用い方で意識すべきことは何だろうか。

「新聞や書籍といった文書とは違い、弁論は繰り返し聞くことが出来ません。そのため誰もが一度で理解できるように、論点を一つに絞り、わかりやすい言葉で話すことが絶対条件です」

福澤諭吉は、大勢に自らの意見を発表するスピーチという概念を演説と訳した。聴衆に向けて話をするという点において演説と弁論に変わりはない。しかし、弁論をするうえでこだわっているのは話をするだけではなく、聞き手を説得することに重きを置くことだ。

聴衆に伝わる弁論をするために辯論部ではアリストテレスの『弁論術』にあるロゴス、パトス、エートス3つのバランスを意識しているという。ロゴスは論理を、パトスは感情を、エートスは内側からにじみ出る人の性格を指す。

ロゴスを意識するのは弁論を作成する時だ。現状の社会に対する認識を明らかにし、それに対する自分の考えや解決策を示す。弁論の展開に矛盾がないよう弁論を組み立てていく。

パトスは弁論作成時と大会当日ともに求められる。登壇者が弁論で扱っている社会問題についてどれほど真剣に向き合ってきたのかが弁論内容に表れるからだ。大会の1、2カ月前からテーマについて考え調べ始めることが多いというが、過去には1年以上温めていたテーマを弁論にしたこともあるそうだ。大会当日は聴衆に訴えかけるため、声の調子を変化させ抑揚をつけながら感情をのせていく。まるで演技をするかのようにせりふを入れることもある。

エートスは大会当日の話し方に表れる。要点を伝えるときに繰り返し語りかけるのか、抑揚を重視するのかなど弁士の個性が出る部分である。

「役者のように話をすることで聴衆に熱意を伝えるのも大切だが、弁論として評価されるには論理性が欠かせない」と辯論部の澤野亮太さん(商3‌)は話す。伝える技術は当然必要だが、元となる弁論の内容があってこそなのだ。

弁論のテーマは自由に設定できるためその幅は広い。いかなる政治的な主張を語ってもよければ、やわらかい内容を取り上げてもよい。過去には昼寝を推奨する弁論をした人もいるそうだ。

多くの人にとって弁論の機会はなかなかないだろう。しかし人を説得する技術として全ての人の教養になりうる。自分の考えをわかりやすく伝え、相手の考えを素早く理解することはコミュニケ―ションの基本だ。次に人に話しかける時、意識してみてはいかがだろうか。
(小宮山裕子)


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