今、ブラジルで何が起こっているのだろうか。開幕まで1か月を切ったリオデジャネイロオリンピック。だが、政治の混迷は続き、南米初の五輪に暗い影を落としている。ブラジルの政治についてジェトロアジア経済研究所ラテンアメリカ研究グループの菊池啓一氏に聞いた。

五輪といえば、多くの人が世界中のアスリートや観光客が集まる華やかな祭典を想像するだろう。だが今回はどうも様子が違う。国を挙げて五輪を盛り上げようというムードには必ずしもなっていない。そこには五輪開催に関して国民の態度が二分しているという現実がある。

2000年代に入り、ブラジルはBRICsの一員として急成長を遂げた。社会保障を重視した政策をとりながら、W杯や五輪など国際イベント招致も積極的に行い、その発展は目覚ましいものだった。だが、その後経済は世界的資源安を契機として低迷の一途をたどる。ここ数年でブラジルの通貨レアルの価値は大急落。五輪開催直前にはインフラの投資がピークを迎える傾向にあるが、大きなマイナス成長に陥っていることからもその厳しさがうかがえる。

さらに追い打ちをかけたのが、国営石油会社ペトロブラスの汚職問題だ。同社を舞台とした汚職に端を発する不正資金が、多くの政党や政治家に流入した疑惑がある。背景にあるのはブラジル政治の大きな特徴ともいえる多党制だ。現在は30以上の党が存在し、また過半数をとるために与党は10以上の党と連立を組む。だからこそ多くのお金が必要となり、政治過程も複雑になる。政権に対する国民の不満や不信感は募り、公共サービスの向上や汚職撲滅を訴える大規模なデモが発生した。

今年5月にはルセフ大統領が弾劾法廷開廷に伴う最長180日の職務停止に追い込まれた。2014年の予算の不正執行が理由とされる。財政赤字を実際より少なく見せるため、政府会計の粉飾を行ったのだ。テメル大統領代行が率いるブラジル民主運動党は連立を離脱。議会と大統領の緊張関係が見られる。

8月には異常事態ともいえる大統領不在のオリンピックを迎える。ブラジルのイメージダウンは免れないだろう。そしてまだまだ暗いトンネルの先は見えない。現在大統領代行として政権を担うテメル氏は、財政再建に力を入れ、経済の建て直しが期待される。だが彼自身も弾劾の対象となっており、閣僚にはすでに辞任に追い込まれる者も出た。汚職は構造的なものであり短期間での解決は難しい。大統領の復職を巡って弾劾支持派と大統領支持派の世論も二分しており、混乱は今後も続きそうだ。

しかし決してオリンピックが開催できないわけではない。今のところ政治による大会そのものへの影響は限定的だ。2014年のブラジルW杯では、スタジアム付近のインフラ整備が急速に進んだ。今回のオリンピックではさらに広範囲におけるリオデジャネイロ都市圏の交通網整備が期待できる。それはリオ市民の生活を変える大きなレガシーと言えよう。

ブラジル再生のカギを握るのはやはり、政治の安定である。かねてから課題とされてきた税制の複雑さの解消など、効果的な改革を行うためにも政治の建て直しが必至だ。

リオデジャネイロ市には現在も1000を超える貧困地区「ファベーラ」が存在する。経済再生と社会保障の充実という難しい問題に立ち向かうため、国民に寄り添う政治のあるべき姿を見せてほしい。
(反保真優)