コンピューターに向かい「あれをしたい、これをしたい」と指示を出せば、従順なロボットのように言う通りに仕事をしてくれる。こんな便利で楽しい夢物語は現実となりつつある。これを叶えてくれるのがAIつまり人工知能という技術だ。
本連載では、急速に実用化が進むAIに注目する。華々しい技術進歩の裏で、人間の雇用が奪われる懸念や、人命や善悪に関わる判断をどこまでAIに委ねるべきかなどの議論がある。このような社会の変化に人間はどう対応していくか、人間の価値とは何かに迫るため、様々な角度からAI技術に迫る。初回はAIの紹介から始めよう。
人工知能の研究開発は1956年に始まり、今年でちょうど還暦を迎える。「その開発は順調ではなく低迷期を何度も経験したが、2011年から今に続く第3次AIブームは本物だ」と慶大理工学部の山口高平教授は話す。
米国の主要AI企業のGAFMAや中国の2大IT企業は特に、AI技術に多大な研究投資をしている。Googleは年間1兆円をAI関連に投資し、人工知能やロボットの企業を今までで十数社買収した。一方、日本も負けじとAI技術に投資している。トヨタは自動運転に特化したAIセンターをシリコンバレーに建設した。経産省に続き、文科省もAIに特化した研究所を作る予定だ。AIが国力に関わる時代となったのだ。
人工知能は大きく5つに分けられる。知覚の世界に属する①画像音声②動作と、記号の世界に属する③探索④音声対話⑤知識推論である。例えば自動運転は①②に、将棋・囲碁は③に、SiriやPepperは④に、ワトソンは⑤に属する。
今回は数ある技術から、先日世界を驚かせたニュース、「アルファ碁」についての話をする。Googleの子会社で人工知能の研究を続ける英ディープマインドが開発したアルファ碁が、韓国のプロ棋士・李世ドル氏に勝った。これまでチェス、将棋でコンピューターがプロを下してきたものの、囲碁はその打つ手の数が多いため達成は10年先と言われてきた。10年分の短縮の要因はディープラーニングにある。3000万棋譜のデータをディープラーニングに適用させ膨大なパターン認識を作り、プロ棋士の先読み能力に勝ったのである。知覚処理で実現されるパターン認識が、記号処理で実現される先読みに置き換えられたのであり、AIが人の高度な抽象思考を超える可能性が示されたところに凄さと怖さがある。
ディープラーニングが威力を発揮するのは大規模並列コンピューターとビッグデータがあるときだ。前者はGoogleなどの大企業との提携が不可欠だ。後者はデータが集まらないと意味がない。そこにはプライバシ―問題も関わってくる。
色々な業種で人間の職が奪われるのは避けられない。「避けられないというネガティブな言い方をするのではなく、どうやってAIを使いこなしていくのか考える必要がある」と山口教授は話す。AIはワークスタイル、ライフスタイル自体を変えていく。つまり「AIを使いこなせる人がリーダーになる」と言う。データの集まらないところを人間がやり、集まるところをAIがやる組織が成功していくだろう。山口教授のもとには進学塾からの取材もあり、保護者から子供をどの職業に就かせるのがいいのかと質問が寄せられるらしい。
山口教授は「技術者である私たちは面白いものを作ればいいと思っている面が確かにある。法律など社会的背景から見ればAIを制御せよと言う人もいる」と話す。今は様々な立場の人が議論しAIの方向性を探していく段階である。社会はAIとどう関わっていけばいいのかを考える場を、この連載で提供したい。
(山下菜生)