連敗と主力のケガ。チームは崩壊目前の崖っぷちに立たされた。
痛恨の2敗。明大の絶対的な高さが慶大の前に立ちはだかった。
痛恨の2敗。明大の絶対的な高さが慶大の前に立ちはだかった。

コートを2つに分けるたった一本の白線を境に、それぞれの5人の表情が明確に分かれていた。
明大の面々は体を寄せ合って歓喜を体現させる。無理もない。好調の中迎えた前週の国士舘大戦で連敗していただけに、1部昇格最有力とされた慶大からの2勝は、その2敗を取り戻すという意味では少し心もとないが、沈みかけたムードを引き上げるには十分だった。
一方は、5人がセンターラインに対して平行する形で一列に並び、ただただ虚ろ(うつろ)な表情を見せるだけである。

その左から2人目でうつむいていたのが、フォワードの小林大祐であった。調子が悪かった。彼がこの日放った3Pは8本だったが、ネットを通過したものは1本も無かった。

「正直明治に対しては苦手意識を持っていて……。それまでリーグ戦は8連勝してて、いざ明治戦ってことになったんですけど、みんな心のどこかに『やっかいな相手だな』っていうイメージは持っていたと思うんです。結果連敗して……(入れ替え戦進出が危ないという思いは)かなりありました。1試合目に負けた時は『まだ大丈夫』って言ってたんですけど、2敗して、正直『入れ替え戦進出が危ないかも』という思いはありました」

彼はこの時期、「この体育館は感覚が合わない」というコメントを繰り返していた。言い訳と言えば言い訳。しかし、特にこの明大戦に関して言えば、チームで79得点取ったとはいえ、佐々木三男ヘッドコーチ(以下HC)が「負けた2試合(2敗した明大戦)を反省で良く考えるけど、やっぱり結論は自分達のシュートを外し過ぎ。岩下だったり二ノ宮だったり(小林)大祐だったり、(安定感のある)田上もランニングショットを1回ブロックされただけでガタガタになった」と話す程、出場している全員のオフェンスが不調だった。
負の連鎖はさらに続く。翌火曜日の練習から、インサイドの守護神である岩下が足のケガで練習に参加出来なくなってしまったのだ。

チームを陰で支えてきた安武主務は、その当時を次のように振り返る。

筑波大戦に臨む慶大。悪い状況で迎えた結果は……
筑波大戦に臨む慶大。悪い状況で迎えた結果は……

「今年はまず、春のトーナメントでは準決勝で法政に負けたけど、ベスト4で。慶應は2部だけど日体と東海を倒したし、優勝出来なかったけどある程度出来たよね、という感じでした。早慶戦も勝ったし。で、リーグ戦を連勝してきた中で初めて明治に負けて。で、明治の場合は点差以上に内容的にボコボコで、自分達にしたら、最高の出来ではないにしろ出来る限りのことはやったって感じだったんです。法政戦だったら『出だしが悪かった』とか明確なポイントがあったんですけど、明治に負けた時は相手がものすごく集中してきてて。頑張ったんですけどそれを相手が上回って、しかも『打開策って何だろうか』っていう(苦笑)。何だろうって考えても『明治強かったよね……』ってことしか出てこなくて。正直先が見えないって感じでしたね。そしたら岩下がケガで、そこで『これはヤバいな』と思いました」

こういう時、慶大は弱い。端的な例は昨年だ。当時のキャプテン・加藤のケガでチームは迷走。追い打ちをかけるように、他の主力選手にもケガ人が続出し、それによって、もちろん苦しい布陣を強いられたこともあるが、チームとして精神的な部分での踏ん張りが効かなかった。そして今年の場合も、明大に連敗し、岩下のケガでチームは崩壊のプロセスへと足を踏み入れようとしていくしか無かった。
彼の述懐はさらに続いた。話は翌週の筑波大戦を控えた一週間の練習に及んでいた。

「僕が思ったのはみんなのベクトルが違う方を向いているな、と。スクリメージとかを見てても、なんとなくみんながソッポを向いてる感じがしたんですよね。その時も鈴木は頑張ってまとめようとしたんですけど、そこで結果的には、上手くまとまっていくことが出来なくて……。練習は本当に悪かったですね……」

安武主務の発言を裏付けるように、選手もそれに追随する。例えば、練習を先頭になって引っ張るべきキャプテンの鈴木は「明治に負けたのと、岩下がケガをしたりして、雰囲気が重かった状態を金曜日(筑波大戦前日)の練習が終わっても解決出来なかった」と話している。

チームを指揮する佐々木HC曰く、この時の鈴木は「孤立状態だった」。さらに「チームとして悪い時は得てしてそういう風に、キャプテンというのは孤立しがちなんです」と続ける。安武主務が言った「ベクトルが違う方を向いている」という言葉からも、その様子が分かる。

もちろん、鈴木をフォローする動きはあった。例えば3年生の田上はその状況を見かね、筑波大戦直前の練習で鈴木に声をかけた。「みんなで一緒にご飯行きましょうよ」。雰囲気の悪い中でも声を掛け合って練習以外のリラックスした場面で顔を合わせれば、チームの雰囲気が向上するきっかけになりうる。
しかし、鈴木はこの場面においてはそれを「そんなに簡単な問題じゃなかった」と話す。

「田上はおれにとってはすごく支えになってくれたけど、実際にそれで何かが解決して筑波に勝てた、とは言い切れない。チームがバラバラの状態で筑波の試合を迎えたっていうのが本当に思っていること。本音です」。

迎えた筑波大との1戦目は接戦となった。明大戦同様チームのシュート率は悪い。しかし、最後の最後に厳しいプレスを仕掛け、筑波大のターンノーバーを誘った慶大に軍配が上がった。

危機感が起因した無意識の声かけ。指揮官を安堵させた田上和佳の行動。

薄氷の勝利。筑波大とのまさしく「死闘」は、この言葉がぴったりな試合だった。それだけ内容は悪かったし、試合の中で、チームが悪い雰囲気を引きずっているのが分かった。全ての選手が、不安を持ったまま試合を行っていた。

だが、その中でたった1人だけ不安を持っていない人物がいた。言うまでもなく、それは佐々木HCである。
もともと彼は、「筑波には勝てる」と言い続けてきた。長年の付き合い故に分かる相手コーチのコーチングの特性、相手選手のタイプ、バスケット観の違い……。そういったものが、彼の筑波大に対する潜在的な自信には繋がっていた。
しかし、明大に連敗して沈んだチームを目の当たりにして、筑波大に勝ったとしてもその後インカレ優勝を成し遂げるというのは思いもよらないことだったし、複雑な星勘定を勘案すると入れ替え戦に行けないのでは、という思いも頭をかすめたという。連敗によって順位を明け渡した明大が星を落とすということも考えられなかった。

オールジャパンにて。試合がほぼ決まった状況でもベンチからチームへ声をかける。
オールジャパンにて。試合がほぼ決まった状況でもベンチからチームへ声をかける。

では、佐々木HCの自信は何に起因しているのか。それは、鈴木が「それは重要だと思うが、だからといってそれで雰囲気が上向いたのではない」と話していた、田上和佳によるクールダウン時の声かけだった。

「鈴木が、練習が上手くいかずにみんながストレッチをやっている時に、(本人は何とかしようとしているが)孤立しているような状況だった。で、タノ(田上)はその状況を変えたいという気持ちで言ったわけではないと思う。でもその行動が、僕に言わせるとチームにはすごく必要。そういうことがきっかけでチームというのは劇的に変わる。僕は、あれが無かったらチームの復活は無かったと思ってる。本人が意図的にそうやっているわけじゃなくて、スポーツというのは誰かがそういう風に、気づかないうちにやるというのがチームにとってプラスになるというのがあって、そういうのは試合の流れを変えることとかに相通ずるものがあるんです。タノがそういう行動をしたことでチームが絶対に上向くな、と感じた。経験上そう思うのかもしれないけど。鈴木が『何とかしなきゃ』と思っても何とも出来ない時に、ちょっとタノがそこへ行って、その後2人でストレッチをやる。ただそれだけの現象だけど、でもあれが無かったらインカレの優勝も無いと思ってる」

田上は当時を次のように振り返る。一応、彼なりには、その行動は意図的だったと言えば意図的だったようだ。

「みんな落ち込んでいるというか、頑張るけどどこかで諦めの色が出ているような感じのところを誰も払拭出来ないっていう状況だったんです。で、佐々木先生ってすごく良い人なんです。チームのみんなを気遣って、みんなの気持ちもすごく良く分かる人なんで、一番その結果(明大に連敗)でへこんでいるのは先生だし、あるいは惇志さんだし、ということが読み取れたというか。僕自身、そこで諦めるというのは論外で『絶対次の筑波で2つ勝てる』っていう気持ちは当然ありました。もともと自分の中の意識として、冷静にチームをコントロールすることを考えてて、チームが乗っている時でも自分は冷静で、チームが落ちてる時は逆に自分は熱くっていう風に、考えています。チームがへこんでいる時に冷静に状況を見る自分がいて、そこでチームを立て直すには先生、惇志さんからやる気というか、もう一度『1部に行くんだ』っていう勢いみたいなものをチーム全体に共有させるしかない、と思って」

インカレ・天理大戦にて。幼なじみの小林と共にウィングを形成する。
インカレ・天理大戦にて。幼なじみの小林と共にウィングを形成する。

彼はよく「自分の売りは安定感」だとか、「ガタイもないし、経験も無くて、でもそういうことをふまえて、下の立場に立って考えたりしながら今までバスケをしてきて、そういうところが自分の長所だと感じている」と、自分の長所について言及することがある。自分自身を非常に客観的に認識出来ているのだ。自分のことがキチンと分かっているなら、自分のいるチームの状況が分からないはずが無い。

ただ、疑問が残る。選手にインタビューをすると、田上の行動について、試合ではポイントで役割を果たす4年生青砥のように「僕はチームの雰囲気を立て直すには大きかったと思います」と評する声はあれど、「確かに重要だったが、かといってそれで劇的にチームの雰囲気が良くなったわけではない。雰囲気が良くならないまま筑波大戦を迎えたのが実情」という声の方が多かった。

「それは、学生は気づかないんですよ。経験も浅いし。それは私なんかが感じることで、田上が行動したからこうなったのは間違いない。何度も言うように彼がそういうことを意図して言ったとは思えないけど、みんながそれを見て、それぞれに感じることがいろいろあるんだけど、そうやっていること自体に価値がある。1人が突っ立って『上手く行かなかったな』と思っているところにいって、ちょっと2人が和んでストレッチを始めて、ちょこちょこ話す。その姿がチームを救うんですよ」(佐々木HC)

活躍も「たまたま」だと謙遜する二ノ宮康平。だが、それが無かったらチームは終わっていた。

筑波大との試合にあたっては、もう1人、キーパーソンがいる。筑波大との1戦目のシュート率がその選手の存在を際立たせる。

「その日は本当にたまたまシュートが入って、それをきっかけにどんどんチーム状態が上に向いてただけで、それが入ってなかったらどうなってたか分からないですけど」

筑波大とのリーグ1戦目は24得点。自身、このリーグ戦では最多得点だった。
筑波大とのリーグ1戦目は24得点。自身、このリーグ戦では最多得点だった。

そう言って笑ったのは、この1年間チームのオフェンスを構築してきた二ノ宮康平である。この日、どの選手もシュート率は高くて3〜4割程度だった。その中で、二ノ宮は唯一フィールドゴール成功率5割越えを記録した。
鈴木は、筑波大との試合の直後も、そして現在も、このゲームにおける二ノ宮の役割が非常に大きかったとしている。

「ほんと、今日のニノ(二ノ宮)はMVPですね。今まではパスを回したり、ガード的なことを意識してたと思うんですけど、今日の試合は特に高校の時のようにガンガン攻めていって、自分でシュートを決めて。コントロールよりも、自分がファーストオプションみたいな感じでプレイしてくれたのが良かったですね。大祐も調子が上がってないし、岩下も怪我で思うようにプレイ出来ていない状態で、得点を稼いでくれたのは大きいですね」(筑波大1戦目直後の鈴木のコメント)

「あの1戦目の勝因は二ノだと思ってて。悪かった部分を、うまく試合に向けて消化してくれたっていうか。あの時期から二ノのプレースタイルがちょっと変わったと思う。今まではチームを使うことを7割、自分でバスケットへ向かって仕掛けるのが3割くらいだったのが、自分のプレーがかなり多めになった。田上の声かけももちろん大きかったけど、むしろ二ノの成長がすごかった。個人としての成長があったと思うし、やっぱり今のトランジションを支えているのは二ノだと思っているから、あの辺からグッとチーム力が上がって、トランジションを発揮出来るチームになった」(年末のある日の練習前に行ったインタビューでの鈴木のコメント)

鈴木が話すように、この試合の二ノ宮は意識が違っていたように思う。自分の力でインサイドへ切れ込み、何とか状況を打開しようという気持ちが見えた。本人も、それを認めている。

課題だったガードとしてのコントロール力。2年目の今年、格段に進歩した。
課題だったガードとしてのコントロール力。2年目の今年、格段に進歩した。

「試合の入りの段階で、自分で点を取りに行こうとは思ってました。いつもはそんなに思ってないんですけど、その日は結構思ってて。やっぱり岩下がケガだったし、大祐さんもそんなに調子よくなかったんで、自分で点を取るしかないな、と。危機感もあったし、それでガードとして何とかしなきゃという思いからその考えにたどり着いたという感じです」

私がこの時期に着目して記事を書いているのは、明大に敗れ今シーズンの慶大がもっとも危機的な状況に追い込まれた中で、そこから立て直して筑波大に連勝したということだけではない。この筑波大との試合からインカレの優勝まで、慶大は公式戦で実質1つも負けていない(ただし主力選手を最終日の明大戦以外で休息させた六大学リーグで、関東リーグ戦では控えだった選手を起用して臨んだ早大戦で唯一敗戦を喫している)上に、これ以後どの試合でも持ち味のトランジションを発揮出来ているからである。
トランジションが発揮出来ているのは、鈴木が話すようにやはり二ノ宮のコントロールが非常に大きい。数字で見ると、それがよく分かる。トーナメント・早慶戦・新人戦のうち記録が残っている全ての試合と、リーグ戦の明大との2戦目までの二ノ宮の平均アシスト数は約4.3だった。これが、筑波大との1戦目からインカレの決勝までの数字となると約5.4となる。自分を生かすことでマークは当然二ノ宮に集中する。周囲がフリーになり、二ノ宮が自分でバスケット射抜けないと判断すればパスという選択肢を選べば良い。
二ノ宮が言うように、筑波大での彼のシュートが高い確率でバスケットを通過したのは偶然かもしれない。それに鈴木はこの試合について「個人の力で勝った」と話している。勝ち方としては、慶大本来のものではない。鈴木は次のように振り返る。

「慶應のチームカラーはチームで勝つって感じで、それがあるべき姿。でも、先生も良く言うんだけど『最後は個人でなんとかしなきゃいけない、個人あってのチームだ』。あの試合に関して言うならば、チームというよりも個人の力で勝った、力勝ちした。そういう印象があります」

二ノ宮が自分で何とかしなければという思いを抱き、その思いの「表現」、つまり、自分で積極的にシュートを仕掛けることにトライしなければ、1部復帰はまだしもインカレ優勝はあり得なかったはずだ。逆に、危機感からトライする姿勢生じたからこそ、インカレを勝ち抜けて行けたことに他ならない。

両者に共通する「聞いたことを表現する力」。根底にあった、チームの一体感。

田上と二ノ宮のそれぞれ行動は、アプローチの種類では異質だ。しかし、その原点には大差が無い。両者に共通するのは、「聞いたことを表現する力」だ。

ある時田上はインタビューで「形振り(なりふり)構っていられない」と話したことがある。身長はそこそこだが、線が細い。おまけに関東の大学界上位レベルではキャリアでも劣る部分がある。例えばインカレの決勝戦。慶大と国士舘大のスタメンの顔ぶれで、ほとんどどの選手も高校時代までに圧倒的なキャリアを有する中で、田上のキャリアはどうしても劣る。強豪の福岡第一、福岡大附大濠がひしめく福岡で、県立の進学校ある筑紫丘高に在籍しながら国体のチームのメンバーに選ばれたのは大したものだが、その次の舞台は大学最高峰のレベルだ。しかしその中でも田上はファーストシュートを落ち着いて決めた。おまけに、インサイドで大暴れするセンター馬隆(ま・ろん)とマッチアップで互角に渡り合った。体重差は、公式資料で30キロ以上ある。
自分の劣る面を彼は、様々な事柄を形振り構わず必死で吸収することで補ってきた。

06年リーグ最終戦にて当時1年生の田上。佐々木HCに怒られ続けたその2年後、慶大のインカレ優勝に彼が大きく貢献することになる。
06年リーグ最終戦にて当時1年生の田上。佐々木HCに怒られ続けたその2年後、慶大のインカレ優勝に彼が大きく貢献することになる。

「常にどんなことでも自分のものにしていくつもりでいます。例えば今日の馬とのマッチアップだったりしたら、自分の持っている最大限のことをしなきゃ勝てない。だからそのための用意みたいなものが欠かせないんです。それが普段からどんなことにでも生きてくるんじゃないかと思ってて。佐々木先生はキャリアがあるので、自分が先生から得られるものなら全部得てしまおう、と。体格の無さとか経験の無さとか、そういった自分のコンプレックス、弱みが逆に何でも取り込もうという姿勢に出るんじゃないかなと」(インカレで優勝を決めた直後の田上のコメント)

その形振り構わない姿勢が、例の「声かけ」に繋がったとも取れる。というより、そう考えて差し支えなかろう。

佐々木HCは、その何でも取り込もうとする姿勢を「気づくアンテナ」と話す。

「私のSFCの授業で、ある時マイケル・ジョーダンの映像を見せたんです。ジョーダンのシュートにいく前のリラックスした動き、ディフェンスの時のリラックスした動き、ダンクに行く時のリラックスした動きは、やっぱり卓越したものがあって出来るもの。でもそれは練習をやって、筋力を高めて作っていくというもので、ジョーダンでさえそういうことなんだと。で、その時田上はその授業を履修していたんですが、彼がコメントで『気づきました。あれがシュートなんだと』。1回そう私に話しているんです。つまり、気づくアンテナを持っているということ。これは大事なことです。200人が履修している授業の中でもそういうコメントが出てくるのは、取り込もうとする感覚があるんじゃないかと。その前に、彼が調子が悪い時に相当彼が傷つくような言い方をしたんです。で、それで本人が考えて、授業でパッと気がついて。ある意味一連のプロセスなんだけど、それが出来ない選手もいる中で、田上にはシュートを外す度に『シュートの時にこうしないからダメなんだ』というのを何回も言って。で、それをやっぱり『悔しい、変えよう』と思ってるわけ。で、賢いな、と思うのは自分を変えようというエネルギーを持ってるよね。それがチームを助けると思う。それは鈴木も持ってるけど、そういう感性が無いと特別な指導が出来にくいところがある。繰り返すけど、あれ(声かけ)があってその前のプロセスとしては、自分で気づいたってことがあって、その前としては自分の感覚と僕の感覚が相当ズレてる。自分では良いと思っているんだけど、ズレてる。でもそれを修正しようとする努力をする。普通の子は出来ないですよ」

一方の二ノ宮はどうか。

07年入れ替え戦での二ノ宮。4年生中心のチーム相手には成す術無く、若い慶大は敗れ2部降格となった。
07年入れ替え戦での二ノ宮。4年生中心のチーム相手には成す術無く、若い慶大は敗れ2部降格となった。

彼は大学入学以来一貫して「オフェンスをコントロールし切れていない」と話してきた。高校時代までは点取り屋として活躍し続けていたが、大学に進学するとポイントガードとしての役割を担わされた。しかし、いきなり1年生が通用する程、大学バスケの水は甘くはない。キャプテン加藤のケガで当初は限定的なものになると見られていた出場機会が大幅に増えたが、日々試行錯誤の繰り返しだった。点取り屋としての自分と、ポイントガードとしての自分の狭間で気持ちは揺れ続けた。加えて二ノ宮は高校時代の最終盤に足に大きなケガをしている。佐々木HCは「1年生の時はその後遺症があったようだ」と言う。07年のインカレ2回戦で日大に敗れて当時の代のチームが解散の時、指揮官は「加藤の離脱で、ケガが残っている二ノ宮を使わざるを得なかった……」と悔しさをにじませている。
しかし、2年生になると事態が好転してきた。大学レベルにも慣れてきた。2部降格の挫折感から、思うところもあったし、足のケガも徐々に良くなってきたことも大きかったのかもしれない。

「二ノ宮については、まだ自分の体の痛みが完全に消えてないと思うけど、今年は今までよりは薄らいできているようで。自分の感覚と体の動きが一致するようになってきて、少しずつ自分の動きを取り戻してきたと思う。よく彼に言うのは『今は得点を取りに行って良いよ』と。本当は、『自分でシュートを打ってるようじゃまだガードじゃない』と言うべきで、ガードなんてシュートはいつだって打てる、一番自分がボールを持ってるんだから、最後の最後で決めるよ、というくらいのところまでいかなきゃいけない。でも彼にはそう言ってて、今年は積極的にシュートを打ちにいったのでこういう結果が出てると思う。だから、二ノ宮にも聞く能力はある」(佐々木HC)

来年以降は、もちろん周囲を生かす本物のポイントガードしての役割が求められる。だが二ノ宮本人は、既に佐々木HCの本当の期待を分かっているようだ。

「今は自分のやる仕事が明確になってきて。前半とかは周りを気持ち良くプレーさせるように、具体的にはどんどん点を取ってもらいたくて、でも勝負どころでは自分がどんどん点を入れられたらな、というのが理想です。それが本当に出来るようになったらすごく良いと思いますしね。先生も的確なことを言ってくれているんで、それを参考にしつつ自分の考えも生かせるようにしています。春に志村(雄彦・04年度キャプテン)さんにも練習を見て貰ったり、他に色んな人の意見も参考にして、結果的に自分でまとめたことがいい結果に繋がったかな、と思いますね」(二ノ宮)

田上と二ノ宮だけでなく、もちろん他にも聞く力のある選手はいる。バスケットIQの高い酒井は典型例だ。本人は当初、心のどこかで不満を抱えていたであろうシックスマンという難しい役回りを、佐々木HCとのやり取りを通じて折れずに1年間やり遂げた。どことなくセルフィッシュなプレーが見られていた小林も、現在はロングシュート一辺倒にはならず、インカレの決勝では積極的なペネトレイトでバスケットへ何度もアタックし、今の慶大におけるトランジションをベースとしたチームオフェンスには欠かせないピースとなった。岩下もこの1年、特にインカレでの加速度的な成長は印象に残った。それぞれの成長を表現する根底には、聞いたことを咀嚼(そしゃく)する能力があるからと言える。鈴木に関しては、夏のインタビュー記事で書いた通りだ。彼がレベルアップしたのは、佐々木HCの言うことを必死で理解し、プレーで表現しようと模索したからである。

筑波大からの4点差の勝利に安堵し、センターサークルへ戻る5人。鈴木が二ノ宮を労う一方、筑波大は苦しい表情。ここから慶大のベクトルは加速度的に上向くことになった。
筑波大からの4点差の勝利に安堵し、センターサークルへ戻る5人。鈴木が二ノ宮を労う一方、筑波大は苦しい表情。ここから慶大のベクトルは加速度的に上向くことになった。

それでも私が田上と二ノ宮に注目するのは、その才能を発揮した時期だ。アプローチは違えど、危機的状況でそれをこの2人が体現出来たのは、その力が他の選手よりも優れているためではないか。

ただ、最後に付記しておきたいことがある。それはこの力が発揮された土壌だ。キーワードは「チーム全体に漂った危機感」である。
この記事を書くにあたり、実に多くの選手やスタッフにインタビューを行った。その全てから出てきた言葉は、明大に敗れて生じた「入れ替え戦に行けないかもしれない」という危機感だった。危機感によって「行動」を行ったのは、この時は2人だけである(正確には、私が取り上げたのが2人だけである。もちろん他にも「行動」をした人間がいるかも知れない)。しかし、その表現・行動が生まれたのは、チームが、一見するとベクトルが一致していないような状況でも「危機感」という最後の精神的な切り札を潜在的な部分で堅く共有していたからだ。
この記事は、ドラマで言えば田上和佳と二ノ宮康平が主役である。しかし、根底には「チーム」がある。彼ら2人の活躍から見えたものは、結局はチームが確かなものだったという証明である。

来年度、慶大は早くも大学界で最強のチームだと目されている。ただ、順風満帆ではない。不安は精神的な大黒柱だった鈴木がいなくなり、それによって酒井がスタメンに昇格するためベンチの層が薄くなる。しかし、困難な状況でもそれに対応出来る人間が現在のチームでは2人もいたし、何よりチームは根底の部分ではずっと一体感を持っていた。
それがある限り、このチームは決してぶれることはないはずだ。

以下の写真:インカレ決勝戦にて。

田上和佳【たのうえ・かずよし】1987年5月20日生まれ。小3よりバスケを始める。中学時代までは小林大祐と同級生。筑紫丘高3年次に国体福岡県選抜。06年慶大進学。

二ノ宮康平【にのみや・こうへい】1988年8月1日生まれ。バスケは小3から開始。京北中時代にU-15日本代表選出。京北高3年次に出場したインターハイで得点王。07年慶大進学。

(完)

文・写真 羽原隆森
取材 羽原隆森、阪本梨紗子