近年、慶應ソッカー部は大会の勝負所でライバルの後塵を拝してしまうことが多い。他校と比べても制限が多い現状からチーム力の底上げを図るヒントを得るため、40年近く監督を務めた静岡学園高等学校から60人以上のプロ選手を輩出し、現在もアドバイザーとして静岡学園の中高生の育成に携わる塾員の井田勝通さんにお話を聞いた。
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育成と勝利の両立
「チームをコンスタントに高いレベルに置くことが大事。大学みたいに優勝した次の年に入れ替え戦を戦うようじゃダメだ」とまずは慶應への愛のむちから話は始まった。
一方、勝ち続けることで名声や伝統の醸成につながるとして勝利至上主義の利点を認めてはいるものの、勝ちに目が行くあまりレギュラーが固定化されてしまうことについては否定的だ。「俺は春先でもうレギュラーを固めるなんてことはしない。リザーブ(控え)もレベルアップさせるために、メンバーは色々いじる。そこは他の強豪校とは毛色が違うところ」と、あくまで全体のレベルアップによる継続的な強化が重要だと説く。
スポーツ推薦が存在しない慶應では、どうしても入学時点の選手の力量で差がついてしまう。しかし、「むしろ指導者の腕の見せどころであり、練習と努力次第で1年もすればやり合えるようになる」として、勝てない理由にはならないと井田さんはいう。
では、ラテンスタイルのサッカーを標榜する井田さんにとって、チームの核となるのはどのような選手だろうか。「やっぱりまずは、イージーミスをせずしっかりボールをキープできるMFだな。それに加えてGK、CB、CFっていうセンターラインをしっかり作れれば、そうそう負けないチームができる」と中央に一本線が通っているチームは強いと述べた。
また、試合を見る際には個々人のボールコントロール能力に何より注目するという。すかさず、「大学の試合はよくピンポンゲームみたいにボールが飛んでて、ボールコントロールどころじゃないね」と釘を刺すのも忘れない。
「ボールを、100万回触れ」
自身の指導哲学についても、「100万回触れという言葉に尽きる。2時間あれば1時間はひたすら触る練習に使う。ボールを自在にコントロールできれば、時間とスペースができる」とボールコントロールこそがサッカーの鍵であると説く。
また、井田さんはインテリジェンスも重要視。「メッシですら、普段はパスの方が多い」と世界最高の選手を引き合いに出して説明する。例えばドリブルが上手いからといって毎度のように仕掛けるのでは「バカ」で、ドリブルが効果的なタイミングで仕掛けられる「賢さ」が必要だという。
まずは情熱と努力を
このようにテクニックとインテリジェンスを非常に重視する井田さんだが、選手のどのような部分に素質を感じるかと聞くと、「やっぱりまずは志が立っているかどうか。どの世界でも同じだと思うけど、一流になる奴って、はっきりとした目標とそこへたどり着こうという強い意志がある。そういう奴は練習でも誰よりも汗をかく。あるいはついつい怠けちゃう奴なら、そいつのやる気を燃え上がらせるのが指導者の仕事だよ」と、実は精神面が重要だと断言する。
同じ理屈で、誰もが嫌がるであろうランニングも妥協は許さない。身体作りは選手の基礎であり、テクニック以前にやっておくべきだという。「どれくらい走らせたか覚えてないくらいやらせるよ。選手があの監督は鬼だとか言ってるうちはまだまだ。開き直ってなにくそ走ってやる、くらいになればしめたもので、身体作りだけじゃなく根性も身に付くんだよ」と選手の変貌にほくそ笑む。
他にも、監督やコーチが話している時によそ見をせずに聞けているか、言われたこと以上のことをやる自主性があるかどうかで、その後の成長には大きな差が出てくるという。「出る杭が打たれる暇もないくらい飛び出るつもりでやらないといけない。そのためには言われたことをこなしてるだけじゃダメ。自分からしつこく徹底的に努力する必要がある」と熱く語った。
当たり前の事を、当たり前にやる
ではそうした点を踏まえたうえで、慶應が強豪へ返り咲くために必要な心構えを聞くと、「これも多くの世界で当てはまるけど、抜きん出るために必要なことを当たり前にこなせることだな」。例えば錦織圭は、一見テニスに必要なさそうに見える練習までこなし、イチローは小4の時には1年で練習を4日しか休まなかった。そういうことを当たり前の様にできるかが重要だという。「簡単に聞こえるかもしれないけど、100人いれば99人はできないようなことだよ」と間違っても楽ではないと強調する。
最後に塾生たちへ「チャレンジしなければ人生じゃない。年は関係ないんだ」と激励のメッセージを送ってくれた井田さん。名伯楽の貴重なアドバイスを、是非とも参考にしたい。
(辰巳龍)
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