夕日新聞社のAは新進気鋭の若手記者だ。若手ながら持ち前の嗅覚で今まで数々の現場の第一報を入れてきた。しかし最近、Aの地位を脅かす同僚が現れた。地震が起きても、事件が起きても第一報を入れるのはいつもその同僚だ。お株を奪われたAだが、どんなに努力しても同僚より早く一報を入れることはできない。なぜならその同僚は人間ではないからだ。
そんな時代が近づいている。米AP通信は今年の7月7日、決算記事の作成に人工知能(AI)、「ロボット記者」を正式に導入した。最大の人的資源集約産業といわれるメディア業界で近年、導入されつつある「ロボット記者」を人工知能の専門家はどう考えるか。理工学部の山口高平教授に話を聞いた。
「現在のAI技術でできることは事前に定義された規範に沿って情報を収集し、文法的レベルの編集をするだけに過ぎない」と山口教授は語る。AIは大きく分けて探索型、知識型、制御型、統合型などに分類される。
ロボット記者は知識型に分類されるが、その技術はまだまだだ。「情報収集の能力はAIが人間より優れているが、文章の意味理解は人間が圧倒的にAIより優位である」。地震や株価など決まった情報を収集し、型に当てはめる記事は書けても、少しでも思考や意見を求められるとAIでは太刀打ちできない。
しかし、情報収集の能力ではAIの方が断然上だ。AP通信では、「ロボット記者」の導入で決算記事を約10倍に増やした。AP通信の他にも、例えばニューヨークタイムズでは結婚報道の記事が、ロサンゼルスタイムズではスポーツ記事の一部が自動化されている。
しかし、「ロボットに記者の仕事を奪われてしまうという問題は現段階では心配するに至らない」。オックスフォード大学が700以上の職業を対象に行った研究で記者は140番目にロボットに代替されにくい職業だ。「創造性を求められる仕事でロボットによる置換はそれほど速く進まない。逆に情報収集など、AIが得意とする仕事は機械に取って代わられることが現実のものとなりうる」。
記者の仕事も見出しを考え、取材をする。集めた情報を吟味し、見方を加え、編集する。この作業は創造性が求められる仕事だ。ロボットがこの仕事を人間と同様にこなす日はまだまだ遠い。
ロボット技術がますます発展していく中、求められることは、「AIが得意な部分と人間が得意とするところを差別化し共存していくことだ」と山口教授は述べた。(山下菜生)