あなたは「伝」という漢字に何を思うだろうか。伝達、伝説、伝統…。今年7月に迎える塾生新聞500号を記念して、「伝」をテーマに社会で活躍されている慶應義塾と所縁ある人物に焦点をあてていく。
9回目は400mハードル日本記録保持者で、現在はスポーツ社会学などで活躍し、慶大ラグビー部のコーチも務める為末大氏だ。
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【プロフィール】
■ 為末 大(ためすえ だい)
スプリント競技における日本初の世界大会メダリスト。五輪はシドニー、アテネ、北京の3大会に連続出場。2012年に現役を引退。現在、アスリートソサエティ代表理事。執筆、テレビ出演等多方面でスポーツと社会についての活動を広げている。競技に打ち込む独自のスタイルと自分を見つめて思索する姿が感銘を呼び、「侍ハードラー」または「走る哲学者」と言われている。
為末氏の伝える工夫
2005年にヘルシンキ世界選手権にて銅メダルを獲得し、日本陸上競技界に大きな影響を与えた為末氏。陸上競技を2012年に引退し、現在はスポーツ社会学や教育の分野で幅広く活躍している。コーチとしてではなく、主に別の分野で活動しているのは選手時代にスポーツを活用して、世間にインパクトを与えたいと思ったことがきっかけだ。それを陸上競技以外から行ってみたかった、と語る。
時には諦めることも大切
そして現在、著書やTwitterなどで自分の考えも積極的に発信している。著書の一つの『諦める力』においては、一般的によく言われる「やればできる」「諦めなければ夢はかなう」といった考え方でなく、「時には諦めることも大切」という意見を提示した。そうした多くの人が持つ考え方とは違うことをあえて伝える上で、為末氏が思う難しさはなんだろうか。そう質問すると意外な答えが返ってきた。
「スターフルーツって知っていますか。星形で酸っぱい果物」。
初めて聞く単語にとまどっていると、それを例にとり為末氏は続けた。「経験したことのない人間にそのことを伝えるのは難しい。だから僕はある考えのきっかけを与えることができればと思っています」。
そこで、為末氏は伝えるための工夫をあげた。まず、一人に対して伝える場合はできるだけ相手に分かりやすい言葉で伝える。そして多数の人たちに伝える時はどんな人に伝えたいかを絞る、ということだ。教育者として多くの人に伝える中で生まれた工夫だ。しかし、時にはそれが伝えようと思っていない人にも伝わり、意図しない批判につながる時もある。その時は「日常を過ごして忘れること」。無理に相手をするとそういった人たちを助長することにもなるからだ。
ブログやSNSなどの普及で伝えるということは簡単になった。だが、そういったツールでは伝わりづらいことが多く存在する。そうした伝えづらいものを伝えるにはまずは自分のことを相手にさらけ出すことが必要だ。そうして初めてお互い分かり合える。自分の思うことを完全に伝えることは確かに難しいが、伝えようとしていくことで成長していくのだと、為末氏は話す。
スポーツの力
為末氏の考えるスポーツの持つ力の一つに、アスリートの発信力がある。一つのことを一生懸命にやるアスリートの言葉は強さを持っている。人は何かに驚いたとき意識が変わる。そうすると行動も変えることができる。アスリートの言葉には人を驚かす力がある。だから、アスリートにはその力を自覚し、自分からもっと発信して欲しい、と為末氏は語った。
2020年の東京五輪に向けて為末氏は陸上競技用の義足を開発する会社を立ち上げ、都市計画にも携わりたいと話す。多岐に渡る為末氏の活動とその発信力は確実に人々の意識を変えていくだろう。
(在間理樹)