11月7日、三田キャンパスの中庭に設置された舞台で行われた慶應義塾創立150年記念祝賀薪能『土蜘蛛』。今回の記念行事の後援を務める慶應観世後援会会長・原田文雄さんに、伝統芸能としての能の魅力を伺った。
原田さんと能との出会いは大学時代。しかし元々、入学時に原田さんが打ち込もうとしていたのは、能ではなくテニスだった。ある日テニスサークルに入ろうとコートに向かったものの、その日の入部は叶わず、その帰路に蝮谷で見つけたのが、謡曲を謡う観世会だったという。
稽古を覗いていたところ参加を促され、これが原田さんと能の出会いとなった。稽古の面白さと、能の奥深さに魅了され、これ以来原田さんは能の稽古を怠らない。
出会って以来、強く惹きつけられることとなった能の魅力は、そのきめ細かさであると原田さんは言う。能の所作は、他の演劇と比べると控えめで分かりにくいとされている。面を少し下に向けることで悲しみを、上に向けることで嬉しさを表す、といったように、演者のしぐさをよく見ないと理解することはできない。しかし控えめな表現こそが、能の魅力なのである。しぐさを読み解く面白さ、あるいは演じ手として小さな所作に心を込めていくことが、原田さんが能と接する中で最も惹かれる点である。
だが、所作と同様に言葉に難解さを感じる人も多いだろう。事実、能で使用される言葉は室町時代のものであり、私たちが日常において使用する話し言葉とは大きく異なるものだ。
しかし異なるといっても、同じ日本語。古語を解釈すれば容易に理解が可能だという。分からないと決めてしまう前に理解しようと試みれば、きっと分かりにくさは消え、能の世界をより知りたくなるだろう。
「学生諸君は考えを転換して、能の世界に一歩踏み込んでほしい」。原田さんはそう訴える。
その理由の1つが、能が様々な起点となりうること。能の謡の中には歴史が、そして日本の至る場所の風景が描かれている。謡を通し日本の姿を知り、興味を広げていくことができるのだ。
歌舞伎を始めとする多くの芸能の出発点である能が、自己を深める起点となる。学生は、能に触れ、その面白さに気づいてほしい。
「私は、84歳までのめりこみ、これからもずっと能と向き合い続けたい、そう思っています。ですから、決して後悔することはないと学生諸君に申し上げたい」。そんな原田さんの言葉が印象的だった。 (富永真樹)