11/9(日) 県営熊谷ラグビー場 (埼玉県熊谷市)
12:00 Kick off ○ 慶應義塾大学 54-0 立教大学
11/9。JR東京駅から上越新幹線「Maxたにがわ407号」に文字通り飛び乗り、午前11時30分頃、無事JR熊谷駅に到着。
「これから、慶應と立教の試合の観戦にでも行かれるんですか?」
JR熊谷駅に到着後、急いでタクシーに乗り込み行き先を告げると、中年の男性運転手が親しげに話しかけてきた。話が早い。流石「ラグビータウン」を自認するだけはある。
個人的な話になるが、今回は約4年振りの熊谷往訪であった――。
前回は、12月中旬に行われた全国大学選手権1回戦・対日本大学戦(2004/12/19、○36-34)。寒風吹き荒ぶスタンドでの試合観戦、足先の感覚がなくなっていくのと同時に、ペンを持つ手が完全に悴(かじか)んでしまい、ミミズのような字がメモ帳いっぱいに広がっていたのを鮮明に覚えている。取材同行者共々、はじめは呑気に構えていたものの、本格的に体が冷えてきたあたりからお互い口数が減り、最後は完全に口を噤(つぐ)んでしまった。
正直、肝心の試合内容はまったく記憶にない。思い出すは「寒さ」、その一点のみである。
「今日は、風もあまり吹いてないし、そんなに寒くもないと思いますよ。昨日の試合は結構風が強くて選手たちも大変だったと思うけど…」
運転手の言う「昨日の試合」とは、11月8日に同じく県営熊谷ラグビー場で行われた「第88回全国高等学校ラグビーフットボール大会埼玉県予選」の準決勝2試合のことを指す。此処熊谷では、ラグビーはごく当たり前の日常のようだ。
運転手とのラグビー談義もひとしきり終えたところで、車は県営熊谷ラグビー場周辺のタクシー降車場に到着した。会話のペース配分も抜かりなし。これまた流石である。
「慶應の勝利を期待してますよ」
最後まで好意の運転手に礼を告げ降車すると、足早にスタジアムへと向かう。
試合開始5分前、のんびりしている暇はないのだ。
さて今回、埼玉・熊谷に乗り込んでの関東大学対抗戦。慶應義塾大学の相手は立教大学だ。
今季、慶應が対抗戦で対峙してきた相手(日本体育大学・筑波大学・帝京大学・明治大学)と比較すれば、立教大学が実力的に「格下」なのは事実。
試合前の個人的な予想は〈恐らく、慶應はメンバーを落としてこの試合に臨むだろう〉。実際、スターティングメンバーが発表された電光掲示板には、LO三輪谷悟士(総1)・FL大口哲広(環4)・FB小林俊雄(経2)等々、今季のジュニアの試合でもお馴染みの選手たちの名前が多く見られた。
一番の驚きは、今季の対抗戦・ジュニアリーグ戦と、ここまでFBで出場を続けてきた和田拓(法2)のSO起用か。先週の明治大学戦(11/2、○24-19)後、SO川本祐輝(総4)にぶら下がって話を訊いていた時、某スポーツ紙記者と川本との「早稲田戦も控えているし、ケガだけには気をつけて」「そうですね、はい」というやり取りを眼前で見ていただけに…。まさかとは思ったのだが。
「ここにきて、慶應も少しケガ人が多くなってきていまして…。現時点でのベストメンバーを組んだつもりです」(林雅人監督、立教大学戦後のコメント)
やはりというか、川本はケガだった。しかも、このメンバーが「現時点でのベスト」だという。ケガ人は川本だけではなかったのである。因みに、レギュラークラスの選手のケガ人(11月9日現在)を以下に列挙すると・・・
・SO川本祐輝 【明治大学戦後の練習で左足首を軽く捻挫】
・CTB増田慶介 【明治大学戦で右手甲を骨折、先週水曜日に慶應病院で手術】
・CTB竹本竜太郎 【明治大学戦で脳震盪、先週1週間は練習不参加】
・LO西川大樹 【明治大学戦で指の腱をケガ】
・NO.8小澤直輝 【明治大学戦後の練習で古傷の肩を打撲】
最早、辟易するほどのケガ人の多さだ(ラグビーはコンタクトプレー頻発のスポーツ。選手も分かっていながらギリギリのところで戦っているので、怪我はある程度仕方ないのだが)。
今季の日程が決まった段階で、立教大学戦は若干メンバーを落として臨むことを選手・スタッフ共に確認していたというが、結局ケガ人の多さも相俟って「現有戦力の底上げ」という方向に、一層針が振れたわけである。ただ、レギュラークラスの選手の不在が、チームにとって必ずしもマイナス要因ばかりではないのも事実――。
「準レギュラー」の選手たちにとっては、例えば今回の試合が格好のアピールの場となるわけだから。
「モーションラグビー」の要であるSOの人選と共に、この試合のもうひとつの注目ポイントだったのが、インサイド・アウトサイド、両CTBの人選であった。
先日の明治大学戦のケガの影響で、増田慶介・竹本竜太郎の両CTBを同時に失ったためであるが、今回の試合で林監督は、インサイドCTBに仲宗根健太(総1)を、アウトサイドCTBに濱本将人(法3)を選択した。
特に「慶應一のラインブレイカー」(林監督)である、アウトサイドCTB増田慶介の離脱は、慶應にとって間違いなく大きな痛手だ。だが、ケガをした選手のことを嘆いていても何も始まらない。今後の試合を考慮しても、仲宗根健太・濱本将人の両CTBの起用には注目が集まった。
「増田慶介という、慶應では数少ない『前』に出ることのできる選手の(今季残りの)対抗戦出場が不可能となった今、彼(仲宗根健太)の前進する力に賭けた。今日はそんなに目立ちませんでしたけど、立教のディフェンスはビデオを見る限り、今季慶應が戦ってきた対戦相手の中で、一番シャローディフェンス、つまり『間合いを詰めて前に出る』ディフェンスシステムを採用しているんですよ。仲宗根という選手は、ボールをもらったら真っ直ぐ走らないで、必ず外に、アングルを斜めに踏みながら(走る)なんですね。だから(相手のタックルを)食らうってこともないし、シャローにもってこいの選手、ということで今回起用しました」(林監督)
濱本将人も言わずと知れた「ハードタックラー」。インサイド・アウトサイド両CTB出来るマルチぶりを評価されての起用であった。
何より、今回の試合での慶應の最大のテーマは「相手を零封すること」(FL松本大輝)。
早稲田大学・明治大学共に、今季対抗戦での立教大学戦、試合内容では圧倒も、相手に2トライを献上しており、兎に角ディフェンスを頑張って、常に試合の主導権を握り続けるという大きな目標を掲げて、試合に入っていった慶應フィフティーンであった。
肝心の試合内容。
「(立教相手に)零封できたことは嬉しいけど、セットプレー、ブレイクダウンなどでもっともっと上を目指していかないと。今後日本一を目指している慶應として、まだまだ不十分だなと感じました」(SH花崎亮主将)「FWが無理に前に行って、結果球出しが遅れたりするなど、試合のテンポを作ることができなかった部分が反省点」(FL松本大輝)など、慶應側に細かなミスはあったものの、試合を通じて攻守に立教大学を圧倒。花崎主将の言葉にもあるように、今回の試合最大の目標であった零封も達成。相手に付け入る隙を与えなかった。
懸案のSO和田拓。
キックとランのオプションを今回は封印し、サインを絞ってアタックを行ったことで、逆にやるべきことが明確となり彼の良さが最大限引き出された。「よくやってくれたと思います」。林監督も試合後、和田を褒め称えた。
この日、急遽和田拓とハーフのコンビを組んだSH花崎亮主将は、林監督とはまた違った目線で彼のプレーを捉えていた。この日はケガで不出場、高校時代から長いことコンビを組む「盟友」、SO川本祐輝との比較である。
「川本とは(ハーフでコンビを組んで)10年目(※)なんですけど、和田とは3日目なんで(笑)。自分が(和田に)合わせていかなきゃなと思っていたけれど、和田がしっかりゲームを作ってくれた。ブレイクダウンの部分で、多少のミスはありましたが、川本にはないプレー、周りのFWの使い方など良かったと思います」
(※)SH花崎亮とSO川本祐輝は、茨城・清真学園高校時代からハーフでコンビを組み続けている。
当の本人も、自らの出来にある程度満足の様子だ。
「(FBと比較して)タックルとボールタッチの回数が多かったので、そういった意味での苦労はありましたね。慶應は動きのあるチームなので、どこが空いているかを常に見極めながら(SOを務めました)。広く展開して、FWを後ろに下げないように意識しました」(SO和田拓)
因みに、今回の試合で全て和田が担当したトライ後のコンバージョンキックも7/8(約88%)の成功率を記録、これは慶應の今季対抗戦・ジュニアリーグ戦の中で一番の出来だった。
これには林監督も「存外」といった風で、「帝京大学戦(10/19、△5-5)でも、彼に蹴らせておけば良かったですね」なんて冗談も飛び出したほど。今季慶應の「泣き所」とも言えるプレースキック、今後誰がメインのプレースキッカーを務めるのか、要注目である。
一方、CTBの仲宗根健太・濱本将人の二人も及第点の出来。「プレーに『深さ』がないのは気になったんですけど、センターとして(使える)目処は立ったのかな」と、林監督は両者にも一定の評価を与えた。
所謂「準レギュラー」の選手たちが、積極果敢に走って繋いでと、それぞれの持場で思いっきり躍動し、狙い通りの勝利を収める――。
来週16日はジュニアリーグ戦最終節・東海大学戦、再来週23日には対抗戦・早稲田大学戦(「早慶戦」)と、両グレードで重要な試合を控えている慶應にとって、チーム、そして個人のステップアップを図る上でも、決して無駄ではない貴重な「熊谷遠征」となった。
11月23日。運命の「早慶戦」(秩父宮ラグビー場)を迎える慶應義塾大学蹴球部。
この試合に臨むに当たって、慶應の選手・スタッフに、戦略における見解の一致を見た。
「帝京の戦い方(11/1、18-7で帝京大学が早稲田大学に勝利)が大正解だと思いますね。接点の部分で絶対に負けないこと。今後は、サインプレーの選択、それとサイン云々じゃなく1対1のフィジカルで勝負する部分の割合のコントロールをしなくちゃいけないですね。去年はその部分で失敗したので…。今回は、なんとなくサインプレーの選択肢(の割合)が少ない方が良いような気がしています」(林雅人監督)
「帝京大学戦、見てましたよ。うーん、ブレイクダウンの部分で勝ったチームが最後勝つんじゃないんですかね。自分たちは(早稲田大学に勝利した)帝京と引き分けましたし、早稲田とも十分戦えると思っています。(早稲田大学戦は)ブレイクダウンの部分に拘ってそこで上回りたい」(WTB出雲隆佑)
「接点が格段に激しくなると思うので、接点に拘っていきたい。相手のバックロー(FW第3列)に負けないことを意識していきたいと思います」(FL松本大輝)
「接点」「ブレイクダウン」。確かにそうだ。ここで早稲田にやられていては、まず勝ち目はない。前回の記事に書いたように、登る山の高さは見えた。「見せてもらった」という表現が的確か?否、そんなに自らの力を過小評価することもないだろう。
「今季入ったときから、早稲田に勝つイメージはずっと持っていた。帝京どうこうじゃなくて」(FL伊藤隆大、先週の対抗戦・明治大学戦後のコメント)
絶対にこの意気だと思う。「モーションラグビー」「低く鋭いタックル」。誇るべき財産は、慶應にだっていくらでもある。全身全霊を賭けて、早稲田の山にアタックする――。それで、良いんだ。
(2008年11月13日更新)
取材 安藤 貴文