「シリコン量子コンピュータ」という言葉を聞いたことがあるだろうか。このコンピュータを使えば、従来のコンピュータには不可能だった素因数分解などの複雑な計算をさせることが出来る。今回、シリコン原子を1個ずつ使った情報処理である「シリコン量子コンピュータ」の開発を行っている慶應義塾大学理工学部物理情報工学科教授、伊藤公平氏に、自身の研究について伺った。
コンピュータは0と1で構成されているが、その0と1を原子1個で表そうと試みるのが、シリコン量子コンピュータの基本的な仕組みである。0と1を原子1個で表せば、既存のコンピュータよりも小さなコンピュータを作ることができる。
このように、原子1個で0と1を表す学問を、アインシュタインでも有名である量子力学という。特にこの研究では、量子力学の中の不確定性原理を利用している。不確定性原理とは、0か1かを完全に決定することができないという性質だ。
この研究が達成されると、従来のラップトップコンピュータではできないような、高度な予測を行うことができる。例えば、マーケットの予測や、気象予報を現在より確実に行えるのだ。
しかし、研究達成への道のりは長い。実現には早くても20年はかかるという。個人が利用するよりも、会社や研究所で活躍できるような仕組みを開発すること、そして物理の発展に貢献することが目指されている。
伊藤准教授がこの研究を始めたきっかけは、1989年にNPT(核拡散防止条約)が出され、核製造が禁止されたことにある。NPTによって、条約が発布される以前まで核の製造を行っていた科学者が職を失った。また、それまで核製造に利用していた装置が放置されることにもなった。職を失った科学者たちへの職の提供と、放置された装置の有効利用のためにこの研究が行われるようになった。「それら核兵器製造装置の平和利用のために、この研究が始められたといっても過言ではない」と伊藤教授は語る。この研究の背景には意外にも、核兵器の問題がひそんでいるのである。
シリコン量子コンピュータの研究開発の開始により、核廃止から派生した問題の解決に貢献できたようだ。今後、人々が生活しやすい社会作りに寄与することに期待したい。