プロジェクトのリーダーを務める新井教授
人間と機械のバランスを見出す

東大に合格することと将棋のトッププロになること、人間にとってより難しいのは後者だと言われている。しかし、日本にはプロの棋士をも倒してしまった将棋ロボットが存在する一方で、東大に入学したロボットはいまだかつてない。「計算できる、とは何か」。この理解なしに本プロジェクトの答えは出ないだろう。

なぜ「大学入試」なのか。現在、「東ロボくん」が挑戦している重要なタスクは、数学の問題文などを数式化するための正確で深い「言語理解」、現在のキーワード検索を超える高レベルな言語処理能力を要する「含意関係認識」、そして文章の趣旨を読み取るための「論旨要約」の3つだ。これらの技術的困難を乗り越えることこそ、「大学入試」を人工知能研究のターゲットとした意義である。

「東大に入れるかは重要ではない」と語る新井教授。どの問題は機械が解けるか、どの問題は人間が解くべきか、「そのエッジを見極める」ことこそがプロジェクトの本質だ。「機械の限界をはっきりさせ、人間と機械のベストバランスを見出すことが、人間と機械が共働する世界で重要になる」と新井教授が言うように、この研究の成果が、将来人間の労働市場を大きく左右するかもしれない。

その事実は、今回「東ロボくん」が挑んだセンター模試の英語のリスニング問題の結果に浮き彫りとなった。現在の音声認識技術はスマートフォンなどにも見られるように、雑音に紛れた声でも正確に聞き取れるほどにまで進歩している。しかし、「東ロボくん」の前に立ちはだかったのは、イラストで描かれた選択肢だった。ブルーベリーとホイップの配置が異なる4種類のショートケーキ。たとえ同じ実物をこれまで見たことがなくても、人間ならば小学生でもそのイラストの示すものが分かる。しかし、ロボットにはそれができない。

このプロジェクトが見据えているのは、単なる試験突破のためのロボットの開発には留まらない。そこから生まれた新しい技術は今後の社会システムを変えていき、その変化は産業革命以上のスピードと影響力を持つだろうと予想されている。

「ロボットは東大に入れるか」。このプロジェクト名を聞いた人は何を思うだろうか。新井教授は「新しい技術を短絡的に捉えるのではなく、そこからどんな可能性が生まれ、どう自分たちに影響してくるのかを考えることが大切。そのために、学生には単なる知識ではなく、物の考え方、『知的体力』を養って欲しい」と語った。(大橋真葵子)