今年の慶應義塾大学アメリカンフットボール部部員、その約7割は慶應義塾高等学校アメリカンフットボール部出身者—。これを聞いて驚かれる方も多いだろう。彼らは、慶應義塾高等学校時代にアメリカンフットボールの魅力に触れ、大学生になってからも「大学日本一」という目標に向かって仲間と共に突き進んでいる。
「伝統」継承する学生コーチ
現在、慶應義塾高等学校アメリカンフットボール部(以下ユニコーンズ)部長を務める阿久沢武史(慶應義塾高等学校国語科教諭)も、ユニコーンズで初めてアメフトに触れ、アメフトの魅力に取り憑かれた一人だ。
「アメフトとの出会いは、5年前顧問としてこの部に関わることになってから。でも今ではすっかりアメフトにはまっちゃいました(笑)。『強さと脆さ』が共存したスポーツ。これがアメフトの最大の魅力ですね」
そんな阿久沢が、ユニコーンズの特徴として真っ先に挙げたのが「学生コーチ」の存在だった。
「チームの中に代々流れている『伝統』が、学生コーチを通じて継承されていく。ユニコーンズに脈々と続いている精神です」
そもそも学生コーチとは、慶應義塾大学の体育会(ここではアメフト部)に所属しながらも、本人の主体的な意思で高校生の指導に当たることを選んだ、元プレーヤーのことを指す。
その上で阿久沢は「顧問が長年にわたって直接高校生の指導に携わることで、現場に停滞感が生まれてはいけない」と語る。組織としての役割分担を明確にすべく、阿久沢はチームの「運営面」に従事する。
「私は、現場監督である学生コーチを全面的に信頼していますから。彼らが安心して練習に取り組める環境を整備するのが私の仕事です」
要は、ピラミッドではなく、フラット。互いの信頼関係に基づいた横の連動が、ユニコーンズに一体感を生み出す原動力になっている。
主役は最上級生
後日、日吉にある練習グラウンドに足を運ぶ。この日は、2日後に控えた全国高等学校アメリカンフットボール選手権関東大会1回戦・早大高等学院戦に向け、学生コーチ指導の下最後の調整が行われていた。2年振りの「高校日本一」を目指しての全国大会初戦、しかも相手は早大高等学院とあって、練習にも自然と熱が入る。加えてこの日は、早大高等学院の主力選手を想定して、慶應義塾大学ユニコーンズのメンバーも何名か練習に参加しており、ピンと張り詰めた空気がグラウンドに充満していた。
阿久沢が「学生コーチの存在抜きには語れない」とまで言い切ったユニコーンズ。当の本人たちはどういった思いを抱き、学生コーチとして日々後輩の指導に当たっているのだろうか。
練習後、学生コーチの奥田雄ヘッドコーチ(経4)に話を伺う。
「自分たち学生コーチはあくまで脇役。主役は最上級生である高校3年生ですから。彼らには自らがチームを引っ張るんだ、という意識を強く持ってもらいたいんです」
「自分がキャプテンになってはいけない」。それを常に念頭に置き、高校生を指導している。ただ「何を考えているかわからない。彼らが相当子供に思えてしまう瞬間がある。そこが葛藤ですね」と奥田は苦笑する。
「チームの目標である日本一を目指しながらも、同時にアメフトを楽しんでもらいたい。ストイックになりすぎず、『エンジョイフットボール』の精神でアメフトに取り組んで欲しい」。そして、そのための労は惜しまない。スポーツの「花形」であるプレーヤーと袂を分かち、学生コーチとして高校生のサポートに専念する。しかもプレーヤーに比べ、時間の制約は遥かに多い。高校生の日々の練習を滞りなく行うための努力もさることながら、試合毎にビデオ等で対戦相手を徹底的に分析した数十枚(時には100枚以上)にも及ぶ「スカウティングレポート」を作成しなくてはならない……。
まさに、彼らの「自己犠牲」の精神こそが、ユニコーンズひいては慶應の体育会を根底から支えているのだ。
日本一奪還、次代に託す
11月4日、駒沢第二球技場。高校アメフト早慶戦。
先日の取材の帰り際、阿久沢は「今度の試合(早大高等学院戦)はロースコアの接戦になるよ」と語っていた。実力拮抗。勝ち上がるチャンスは五分五分だ、とも。
果たして、試合は9—0で早大高等学院の勝利に終わった。慶應も水際でよく粘った。ただ肝心な場面、特にオフェンスでミスが目立ち、最後まで試合の流れを掴むことができなかった。
「勝つって本当に難しいですね」
夕日もすっかり西の空に沈んだ試合後、阿久沢がぽつりと呟く。泣き腫らした部員・コーチも沢山いた。阿久沢の顔にも悔しさが滲む。
ユニコーンズの1年が終わった……。否、これで「終わり」ではない。
3年生の部員はこの試合をもって引退する。だが、この悔しさをバネに「大学日本一」を目指し慶應義塾大学ユニコーンズの門を叩く選手、そしてまた大学入学後ユニコーンズに入部するも、今度はプレーヤーという形ではなく、学生コーチとして高校生を指導する選手も出てくるだろう。
2年生以下の部員も同様だ。
「これからの1カ月で、フィジカルや技術・知識といったファンダメンタルな部分、土台作りをしっかりとしていきたい」(玉塚雅也・ユニコーンズ監督)。そう、彼らもまた新たなスタートラインに立ったのである。
連綿と続く「伝統」。その重みを噛み締めながら、筆者は銀杏舞う球技場を後にした。
(敬称略)