9/23(祝) 秩父宮ラグビー場(東京都港区)
15:00 Kick off ○ 慶應應義塾大学 39-17 筑波大学 ●
9/23。久々の快晴、まだまだ暑さの残る秋分の日の東京、「日本ラグビーの聖地」秩父宮ラグビー場でふと空を見上げると、うろこ雲が薄く広がっていた。徐々にではあるが、秋の気配が近づいていることを実感する。ただ、ラグビーのシーズンはむしろこれからが本番。秋から冬に向けて、加速度的に高まる熱気の一方で、色褪せ枯れていく秩父宮ラグビー場の天然芝も、今はまだ緑色が眩しい。刹那の輝きが、どことなく儚さを感じさせる。彼らもまた、静かにその瞬間(とき)を待っているかのようだ。
さて、2008年度関東大学対抗戦の第2戦を迎えた慶應義塾大学、今回の相手は筑波大学である。前節の日本体育大学戦(9/6、●19-24)で失態を演じ、2年連続で開幕黒星スタートとなった慶應。もうこのコーナーでも何度か触れたのでご存知の方も多いと思うが、その昨季の開幕戦の相手が今回対峙する筑波大学だったのだ。対抗戦の筑波大学との試合では、慶應は毎年のように苦しめられるのだが、林雅人監督も認める通り、昨季の負け(●5-32)はちょっと酷すぎた。だが筑波大学にとっては、今回の慶應との試合が今季開幕戦であり、その点において2週早く開幕を迎えた慶應にアドバンテージがあるのは明白。怪我が癒えた選手も続々復帰し、ようやくベストメンバーが揃った(※昨季の筑波戦はレギュラーが軒並み怪我のため出場せず、試合中にも負傷者が何人か出てしまった)。勝利のみが、ネガティブなイメージを払拭する。「絶対に受けて立つことなく、チャレンジャーの精神で愚直に全身をぶつけて来い!」と前回の記事に書いたのは、そういった諸々の思いを込めてだったのである――。
結果から言うと、慶應は戦前の不安を吹き飛ばす完勝劇で、見事今季初勝利を収めた。勝利の立役者としては、右手親指の負傷が完治していないにも関わらず、自ら志願してこの試合に強行出場、前半ロスタイムにトライを決めるなどチームを力強く牽引したSH花崎亮主将(総合4)や、約3ヵ月振りの実戦復帰初戦でいきなりファーストトライを決め、エースの貫禄を見せつけたCTB増田慶介(環境2)などが挙げられるだろう。ただ、個人的には、SO川本祐輝(総合4)がこの試合の「MOM(Man Of The Match)」に最も相応しいのではないかと思っている。
後半9分に相手との接触プレーで左眉付近をカットし出血、一時退場を余儀なくされるも、応急処置を行い再び出場。その気迫もさることながら、試合を通じてキックは冴えに冴え、ハイパントだけでなく状況に応じてタッチキック、グラバーキックなども織り交ぜ、味方を巧みに動かし、試合の流れを慶應にグイっと引き寄せた。ハイライトは後半3分・5分の2本連続のペナルティゴール(PG)。「あの時間帯で、ポンポンと2本ペナルティゴールが決まったのが大きかった」と林監督も語る通り、後半の入りで完全に失敗した前節の日体大戦と同じ轍を踏むことなく、冷静かつ慎重にこの局面を乗り切ったことは評価に値する。加えて、驚嘆したのが後半23分のプレー。相手ボールのラインアウトを奪ったFWから花崎-川本とボールが渡ると、川本は即座に逆サイドへ大きくキック。タッチライン際を疾走するWTB小川優輔(環境1)にピタリとあわせ、彼のトライを導いた。そのキックの精度にも舌を巻いたが、相手ラインアウトのボール奪取から一気にトライを陥れた一連の流れは、まさに慶應の理想的な形。指揮官が常々「モーションラグビーの要」と語る、花崎(9)-川本(10)のラインがしっかり機能したことが、この試合の勝因と言ってよいだろう。
一方、筑波大学の古川監督は、試合後の公式記者会見の場で、試合を通じてセットプレー(特にラインアウト)が機能しなかったことを悔やんだ。ただ、これは慶應側からすれば「してやったり」といったところか。
前回の日本体育大学との試合(9/6、●19-24)後、「ロック・フランカーの選手を中心にラインアウト時のディフェンスに関するミーティングを毎日行い、対策を講じていた」(花崎亮主将)と言うのだ。実際に、相手ボールのラインアウトを幾度となくスティールして、そのうちの3度を得点に結び付けるなど、事前の対策が奏功したのは間違いない。マイボールラインアウトの確保に止まっていた日体大戦と比較しても、成長は明らか。相手がこの日今季対抗戦の初戦であったことを差し引いても、ラインアウトの優位は、揺るがぬ事実であったと言える。と同時に、最後まで集中を切らすことなく「勝利への執念の差」(高木貴裕・筑波大学主将)を相手に感じさせ続けた慶應のフィフティーンを褒めるべきであろう。これは、前節の日体大戦で自分たちのラグビーが全くできなかったことで、もう一度「慶應のラグビー」、つまり低いタックルと、フィットネスに裏打ちされた早いペースでのラグビーを展開しようという原点回帰の機運が高まったと考えるのが妥当のようだ。タックルは悉く相手の膝下にヒットし、特に風上に立った後半は、キック主体の素早いカウンター攻撃で相手を揺さぶり続けた。昨季の開幕戦で苦汁(くじゅう)を嘗めた曲者・筑波大学に、見事雪辱を果たした格好となった慶應。次節の帝京大学戦(10/19、秩父宮ラグビー場)に向け、臨戦態勢は整った。
「こんな良い出来の試合はなかなかないから、今日は一杯しゃべっておかないと」。試合後の公式会見終了後、プレスルームの外で改めて取材陣に囲まれ、時折戯(おど)けながらもひとつひとつの質問に丁寧に応じる林雅人監督。上機嫌の指揮官はしかし、そんな取材陣とのやりとりの中で、今回の筑波大学との試合に臨むにあたって、実は秘策が存在したことを明かした。
その秘策とは、ずばり「精神分析」。前回の日本体育大学との試合(9/6、●19-24)の翌日に、日体大戦の試合前、試合中の前半・後半と、それぞれ選手たちがどのような精神状態にあったのかを調査することを目的としたアンケートを行った、とのこと。アンケートの結果を元に順天堂大学の精神科医に分析を依頼したところ、「慶應の選手たちは周囲のことばかり気になって、自身のプレーに全く集中できていなかった」という報告がなされたのである(緊張のせいで呼吸が過度に早まった結果、脳の末端神経にまで酸素が十分に供給されなかったのが主な原因)。例えば、選手・スタッフが口を揃えて「今季一番の出来」と語る、長野・菅平での関東学院大学Aチームとの練習試合(8/24、○28-10)では、タックル成功率が89%と、低く鋭いタックルを戦術の根本に据えるチームとして理想的な試合展開を演出したのに、そのたった半月後の日体大との試合でタックル成功率を20%近くも落とした上に、ブレイクダウンで7回のミス、ハンドリングエラーも14回と、一転無様な姿を晒してしまう…。アンケートの分析結果は、「これはもうスキル(の問題)ではなく、メンタル(の問題)でしかない」という監督の見解を、一層確証付けるものとなった。
一連の調査・分析を通じて、林監督以下慶應のスタッフが導き出した結論は、「自分のプレーに集中すること」。何を今更と、若干拍子抜けしそうだが、結局この一言で選手たちが本来の姿を取り戻すのだから、ラグビー(もっと言えばスポーツ)は本当に分からない。筑波大学との試合では個人の極限の集中がチーム全体に波及することで、試合の流れを呼び込み、有利に試合を進めることに成功した。
囲み取材の最中、林監督の口をついて出た「この試合のターゲットは『勝つ』ことではなかった」という発言。勝利にフォーカスせずして勝利を得ることを目指す。取材中は、発言の真意を完全には汲み取ることができなかったが、今だったら少しできそうな気がする。『勝つ』の直前に入る言葉は、恐らく「相手に」ではなかったか。「この試合のターゲットは相手(筑波大学)に勝つことではなかった」。これだと思う。敵は己の中にあり。今回、選手たちは、自身の内に巣くう弱き心に見事打ち勝ったのだ。この勝利の持つ意味は大きい。試合後の指揮官の笑顔が、何よりの証左である。
2008年9月26日(更新)
写真 羽原 隆森、安藤 貴文
取材 羽原 隆森、湯浅 寛、安藤 貴文