1日寺での生活が体験できる旅、宿坊が今静かなブームとなっている。その理由について全国の宿坊情報をホームページ、雑誌で紹介している宿坊研究会の堀内克彦氏は「旅をしてただ楽しむ。それ以上の精神的変化、例えば成長や、意識改革、安らぎなど、旅に心のあり方を求める人が増えている」と言う。宿坊には、各々の寺によって様々な形態があるが、今回は埼玉県の正覚寺で1泊2日の宿坊体験をした。

 飯能駅からバスで1時間。近くを名栗川が流れ、周囲に高い山がそびえ立つ豊かな自然に囲まれたところに正覚寺はある。

 寺に到着後、日が暮れ始めるころになると、早速坐禅が始まる。初めてでも全く心配する必要はない。石井早苗住職は初心者でも分かるように丁寧に優しく坐禅の組み方を指導する。「坐禅で大切なのはまず姿勢を正すこと。そうすることで身体、呼吸、心を統一し自分を整えることができる」と住職は話す。

 窓に向かい、半眼の状態で40分間禅を組んでいると、普段はほとんど気にとめることのない鳥のさえずりなどの自然を感じられる。もちろん坐禅の間には住職による警策も受けられる。

 坐禅を組んだ後は、薬石(夕食)を頂く。正覚寺で出される精進料理は全て住職夫人千寿子さんの手作り。食事の前に「五観の偈」を唱えた後は、食事に関係するあらゆるものに対する感謝の気持ちを持ち、終始無言で頂く。食事は大切な修行のひとつなのだ。目の前に運ばれた食事は米粒ひとつでも残してはいけない。最後は白湯を注ぎ、漬物を使い、器をきれいな状態にして食事が終わる。その後、午後9時には完全に就寝する。

 次の日は、5時半に起床し、6時から読経を始め、坐禅を組む。坐禅の時間は前日と同じであるはずだが、不思議と短く感じた。2日目は、住職の説法を聞いた後に、作務(掃除)、動く修行を行う。「自分の使ったものをきれいにするのは自分の心をきれいにするのと同じ」と住職は言う。

 掃除でも、水の無駄遣いなどは一切禁止。修行では全ての行動に無駄がない。最後に、朝食のあと希望者は写経を行う。集中しているときの文字は美しい。しかし、一瞬でも気が緩むと文字が乱れ始める。写経に夢中になっている間はまさに無心になることができた。修行が全て終わるころには、心が洗われ自分の中で確実に何かが変化したように感じた。

 宿坊の魅力は「ただの宿泊施設ではなく、体験型の宿であるところ。宿で過ごす時間でさえも旅の一部になる、24時間旅を楽しめるところ」と、堀内氏は言う。まさにその通りである。少し時間が出来たら、いつも通りの旅もいいが、宿坊に泊まって自分を見つめ直す旅をするのはいかがだろうか。

(亀谷梨絵)