名作探訪もついに第4期へと突入する。今回から趣向を変えて、いわゆる「第三の新人」と呼ばれた作家達の作品を集中的に紹介していく。

 戦後に登場し、芥川賞を次々と受賞したが、昨今ではほとんど知られなくなった作家達。今期では彼らが残した隠れた名作を掘り起こしていく。

 第1回の今月は小島信夫の『抱擁家族』。

 新潮社から短編集『アメリカン・スクール』が復刊しているので、小島信夫の名を聞いたことのある人もいるだろう。『抱擁家族』は彼の代表作である。

 三輪俊介の家庭崩壊は音も無く始まった。妻の情事をきっかけに、三輪家の絆は少しずつ侵食され溶かされていく。家庭再建に翻弄する俊介が繰り返す悲喜劇。彼の行為も虚しく、家族はそれぞれ損なわれていく。

 崩壊の契機は妻の情事だが、その相手はアメリカ人の青年である。この作品には「アメリカ的なモノの侵入」がモチーフとして織り込まれ、そこから戦後日本社会における日米関係のカリカチュアを見ることも出来る。

 しかしそれだけではない。この作品の下敷きにあるのは彼の短編「馬」であろう。そこでも主人公は妻に翻弄され、夫としての威厳を損ない、喜劇の主人公として家を建てていく。この二作品の根底には大きな繋がりがある。

それは、連帯への悲劇的なまでの渇望。

 妻との繋がりを異常なまでに求める夫の姿がそこにはある。それはしばしば屈折した形を取るが、俊介は妻・時子を愛し、連帯を維持しようと努め、家族が家族ではなくなることに強烈な恐怖感を抱いている。淡々とした文体で紡がれる悲劇の裏には、俊介の悲しみの色が逆説的に滲み出してくる。

 アメリカ的なモノの流入によって家族を取り巻く価値観・倫理観の崩壊が導かれた三輪家。異質なモノの混入が家族の連帯を破壊し、それぞれの人物がそれぞれに変質していく。

 連帯の喪失。

 それは不思議に現代の家族、さらには人間を予言的に描き出しているようにも思える。小島自身、文学の予言的性格としてこれを説明している。

 「抱擁」とは一体何か。『抱擁家族』は実に重層的な読み方の出来る奥深い作品だ。続編にあたる『うるわしき日々』と併せて是非読んで欲しい。

(古谷孝徳)