2024年12月10日、慶大湘南藤沢キャンパスにて、講演会「慶應SFCから考える―トランプ当選後のガザ・中東・国際社会―」が開かれた。オンライン、対面合わせて200人ほどが集まった。

昨年10月のハマースのイスラエル攻撃についだ大規模報復攻撃開始から一年以上経ち、ガザでは4万人以上の死者が出ている。米国大統領選でトランプ氏が当選したことにより、今以上にイスラエル寄りの政策に動く可能性が懸念されている。

一方シリアでは12月8日、54年にわたるアサド政権の独裁体制が崩壊し、国民から喜びの声が上がっている。

「人類の暗部」とも言われるパレスチナ問題とはなにか。長きにわたる独裁から解放されたシリアの今後とは。

SFCでパレスチナへの連帯活動を行う学生有志のグループ「SFC students for Palestine」による活動報告に加え、明治大学特任講師ハディ・ハーニさんと、シリア出身の訪問講師アルマンスール・アフマドさんによる講演が行われた。

 

塾長 要求書に回答なし

 

「SFC students for Palestine」は2024年10月15日、伊藤公平塾長に要求書を提出した。要求書の大まかな内容は次の通り。

 

1,声明

ガザでの即時停戦の要求をすること。また、「イスラエルはジェノサイドを行っている可能性がある」「パレスチナ占領政策は国際法違反である」とする国際司法裁判所の判断に従う立場を大学が表明すること。

2,アカデミック・ボイコット

慶大がイスラエルの大学、およびその他学術機関との間に、共同研究や学生間のプログラムなど含む関係を新たに結ばないこと。

3,パレスチナからの避難民や、反シオニズムを掲げ制裁を受けた学生及び教員を慶大が受け入れること

4,パレスチナに連帯する活動を行う学生の自由・安全の保障

 

しかし、回答期限を過ぎても返信はなく、それを受け、新たに学生との対話の場を設けるよう求めているが、12月10日時点で返答はない。

メンバーの一人は「塾長が要求書を目にしていない、ということは考えにくい。不応答は応答でもある。慶大はロシアによるウクライナ侵攻の際、ウクライナの学生を積極的に支援した。なぜ、パレスチナに関してはそのような対応が取られないのか」と話した。

また、「慶大は知名度の高い大学であり、留学先としても著名である。イスラエルの国際法違反を批判することや即時停戦を要求することは、日本社会に一定の影響をもたらすはずだ」と語った。

 

さらに、「大学での抗議」以外でパレスチナに連帯する方法として「不買運動」を挙げた。

「検索すれば不買運動の対象企業の一覧が出てくるため、一番行いやすい。小さい行動に見えるが、不買を多くの人が行うことで大きな動きとなり、プレッシャーになる。イスラエルによるパレスチナへの暴力を、終焉させられるかもしれない」と話した。

また、パレスチナへ連帯する人同士が繋がることは、無力さを弱める手段だと話し、会場内でお互いに声掛けすることを推奨した。

 

続いて、ハディ・ハーニさんによる講演が行われた。主に、シリアを中心とする現在の中東情勢の概説と、米国大統領選でトランプ氏が当選したことによる中東への影響について解説した。

 

「自立と国際社会への歩み寄りが理想」アサド政権崩壊後のシリア

 

シリアでは12月8日、1971年以来50年以上にわたる世襲、家産的権威主義体制を経て、アサド政権が崩壊した。北西部を拠点としていた反政府勢力が1週間程度で首都ダマスクスを無血開城した。

反政府勢力の名は「シャーム解放機構」。2016年ごろから「体制打倒」に焦点を当て国際社会からの支援を求めた。また、アル=カーイダやISIL(イスラム国)と対立し、西側諸国への歩み寄りを示していた。

CNNへのインタビューによると、シャーム解放機構の指導者であるアブー・ムハンマド・アル=ジャウラーニーは西側諸国への攻撃意図がないことや宗教的マイノリティの保護を誓約している。また、投降した政府軍兵の安全保障、復讐の禁止を明言している。

残された課題として新政府の統治能力が挙げられるが、既存の行政組織は反政府勢力と協力し、平和的に政権移行することを申し出ており、反政府勢力もそれを受け入れている。

ハディさんは、「理想的には復興と人道危機対処のもとに超党派的な政府を樹立し、周辺諸国からの直接的な影響を脱し、自立しつつ国際社会に歩み寄ることが求められる」と話した。

 

激化するジェノサイド ガザ情勢

 

続いて、現在のガザ情勢が解説された。

2023年10月7日のハマースの攻撃以降、ジェノサイドは激化している。死者は44000人以上、人口の9割に当たる190万人超が避難、50万人ほどが飢餓状態にある。国際的な人権NGOアムネスティ・インターナショナルは「ガザ攻撃はジェノサイドである」と報告している。

ハディさんによると、イスラエルの明確な加害性については、武力紛争法の2側面からしても明らかだという。「『開戦理由の正当性』と『戦闘方法の正当性』のどちらをも侵犯している。そもそも、少なく見積もって1948年のイスラエル建国から現在まで、パレスチナ人の自決権は侵害され続けている」と話した。

 

アメリカの親イスラエル トランプ当選で加速

 

イスラエルのジェノサイドが止まない理由として、アメリカを中心とする諸外国の親イスラエル姿勢が挙げられる。

アメリカには、AIPAC、CUFI等の親シオニズムのロビー組織が存在し、大統領になるにはそれらの組織と手を組む必要があるのだという。ただ、共和党、民主党問わず、「政治的な理由で仕方なく親シオニズムを唱えている」というより、そもそもアメリカの政治家の多くに、絶対的な親シオニズムが染みついている、とハディさんは話す。

以下のように、アメリカは国連の安全保障理事会において、イスラエル擁護のための拒否権を何度も発動させている。

・2023年10月以降、人道的停戦を求める決議案に5回の拒否権

・2024年4月、パレスチナの国連正式加盟を求める決議案に拒否権

・2024年11月、即時停戦を要求する決議案に拒否権

これに対し、「イスラエル・アメリカは国際秩序に挑戦する、いわゆる『ならず者国家』だ」と話した。

 

また、アメリカでは大統領にトランプ氏が選ばれたことで、よりイスラエル寄りの政策に傾くと考えられている。

トランプ政権の特徴は次の5点だ。

1,アメリカファースト

2,徹底した親イスラエル姿勢 

・米大使館のエルサレム移転(国際法違反)

・ガザ攻撃の支持

・アブラハム合意を通じた欺瞞的和平(2020年のイスラエル・アラブ首長国連邦・バハレーン三か国間の和平合意を指す。パレスチナ問題の解決は進まないままイスラエルと中東の一部の国の和平合意が成立した)

3,二国家案ではなく、イスラエルの入植地拡大を支持する可能性がある

・大イスラエル主義者をイスラエル大使に任命

4,イランへの強硬体制

・イラン核合意からの離脱

・対イラン強硬派の国務長官を起用

5,中東戦争の「早期終結」を目指す

・ウクライナでの戦争と同様、不公平な条件での「終結」を押し付ける可能性がある

 

今回の大統領選では、共和党、民主党ともに親イスラエルであることから、在米ムスリムは投票控える人が多かった。在米ムスリムの中には「平和主義者」であるとしてトランプ氏を支持する人も一定数いたが、中東政策に関する人事発表により、失望の声が上がった。

 

「中立は欺瞞」イスラエル/パレスチナの非対称

 

最後にハディさんは、イスラエル、パレスチナ間の「非対称」に目を向けるよう強調した。

パレスチナ問題では「ハマースがイスラエルを攻撃したのだから、パレスチナが攻撃されるのは仕方がない」というような「どっちもどっち論」がよく語られる。

それに対し「占領に対する抵抗運動の法的逸脱を捉え、それを紛争の根本原因として扱い、ジェノサイドのような最大の犯罪と同レベルとするのは欺瞞だ」と話す。

実際には大きな非対称性のある問題に対して「中立」を保つ姿勢(bothsidesism)や、「どのようなものごとにも相対主義でいるべきだ」と、相対主義を絶対視する考え方に警鐘を鳴らす。

1948年のイスラエル建国から続く占領は、オリエンタリズム、コロニアリズム、イスラモフォビア、ヨーロッパによる中東分割統治、「ユダヤ人問題」の責任転嫁、シオニズムなど、人類の根深い問題を背景としている。そのため、「パレスチナ問題とは、『人類の暗部』である」と語った。

 

「12月8日は自由と尊厳のための日」シリア独裁政権崩壊に喜び

 

続いて、シリア出身の講師アルマンスール・アフマドさんは、アサド政権下のシリアにおける54年間の虐殺・破壊と、独裁政権崩壊後の未来について話した。

アルマンスールさんはまず、シリアの特徴を「共存」であるとした。シリア・アラブ共和国は多民族、多宗教国家であり、大多数はスンニ派。独裁政権を握っていたアサド家は少数派のアラウィ派であった。

シリアはローマやイスラームなど、さまざまな時代の遺構が残されていることで有名だ。首都ダマスクスは、紀元前3000年ほどから人類の居住が確認されている世界最大級の古代都市である。シリアはシルクロードの要所としても栄え、多様な文化が花開いた。

アルマンスールさんは、ダイル・ゾウル市の吊り橋(アサド軍により今は破壊されている)や南シリアの自然をスライドで見せ、シリアの豊かな光景を会場の参加者にアピールした。同時に、実際にアサド、ロシア軍により破壊された跡となった世界遺産の写真も映し、「破壊の際、民間人も多数虐殺された」と話した。

 

政権崩壊の理由は、直接的にはシリア南、ダルアー市で起こった子どもへの拷問事件だが、間接的には汚職や少数派による軍隊、警察、公安、経済等の権力の独占、表現の自由の欠如などがある。

アルマンスールさんは、アサド政権の二代にわたる虐殺の一部をリストにし、特にハマー虐殺を取り上げた。「ハマー出身である自身の親戚は虐殺に巻き込まれ、未だに安否が分からない」と話し、アサド政権の横暴を見過ごしてきた国際社会を批判した。

また、主要都市に侵入した反政府軍について、民間人に食料や電力を供給するなど、人道的な対応を取っていると評価した。また、反政府勢力のあるメンバーが、「新政府は議会制になる可能性がある」と述べている、と話した。

「『シリアはなぜ今、政権崩壊したのか』と聞かれることがあります。しかし、54年間の民衆の屈辱では足りないというのでしょうか。日本には、新しい政権を承認すること、そしてアサド政権のもと監獄に閉じ込められた市民たちを救出する手助けをしてほしい」

また、「シリア人の要求は自由、尊厳、平和、表現の自由、他国との友好です。シリア国民は・『偉大な指導者』などではなく、憲法に基づく自由な民主主義国家を求めています。生まれてからずっと戦争がある状態でした。アサド政権は永遠に終わりです」と語った。

 

講演後、会場からの質問に応じる登壇者たち(写真=撮影)

※学生のプライバシー保護のため一部ぼかしを入れています。

 

「大学で得た知識を大事に使ってほしい」―「SFC students for Palestine」メンバーから

 

講演後、SFC students for Palestineのメンバー二人から慶大生へ、以下のメッセージをもらった。

 

「パレスチナで起きている虐殺と占領は、私たちと無関係でないということを、少なくとも2つの点から意識してほしいと思っています。第一に、日本に暮らす私たちが参加している資本主義のシステムや国際政治を介し、イスラエルの攻撃によって手足を奪われ、飢えさせられ、殺されている人々に対して責任があるということ。第二に、その同じ理由によって、私たちはボイコット(不買運動)や抗議行動を通じてイスラエルの占領政策に一定の圧力をかけることができるということです。」(総合政策2年)

「ガザでのジェノサイドが始まってから一年以上が経過し、毎日『最悪』は更新され続けています。パレスチナの人に対する抑圧は75年以上続いていて、私たちはかれらを無視し続け、おまけにそのジェノサイドに対して間接的に加担しているでしょう。大学で得た知識は暴力の加担のために使っていいのでしょうか。大学教育という特権的に知識を得る場所にいるからこそ、その知識を大事に使って欲しいと深く願っています。」(総合政策2年)

 

パレスチナ問題「人権という普遍的な立場から考えて」

 

講演後、アルマンスール・アフマドさんは「多くの学生に講演が届き、素晴らしい」と述べ、また「報道をそのまま信じるのではなく、現地の人のインタビューを見るなど、多角的に捉えてほしい」と話した。

ハディ・ハーニさんはシリアについて「ポジティブな動きであることは確か。国際社会は新政権と適切に対話していく必要がある」とした。パレスチナについては「人権という普遍的な立場から考えれば、『パレスチナ問題』は自ずと答えの出るものだ」と話した。

 

 

・SFC students for Palestineに繋がるQRコードはこちら。できることからパレスチナへの連帯を始めてみてはどうだろうか。

・ハディ・ハーニさんが紹介していたパレスチナ支援サイト「OLIVE JOURNAL」。

https://olivejournal.studio.site/

 

※記事の内容は2024年12月10日時点の情勢に基づいている。

飯田櫂