新連載「塾生自由寄稿」。
本企画は、既存の団体や著名人など、自己表現の場に恵まれている人々への取材に限定されていた従来の取材を見直し、全ての才能あふれる塾生が、創作物や哲学や思想などを自由に発信できる寄稿欄を新設するねらいだ。第二弾は地理俱楽部の初代部長、経済学部4年生の舘恒太朗さんにご寄稿いただいた。
第一章 事例としての地理倶楽部
『進水式』:新しい船を
私は2021年12月に、当時商学部1年だった藤井瑞起くんと共に未公認学生団体「地理倶楽部」を設立した。地理倶楽部は今年2024年の7月に公認学生団体となり、今冬には設立3年目を迎える。
大学入学時(2021年)、弊塾には地理系サークルがなく、私は東京大学の地文研究会地理部というインカレサークルに入会した。そこでの巡検(フィールドワーク活動)はとても面白かったし、東大地理部には他大学の地理系サークルと掛け持ちしている部員も多かった。後々聞くと我々の代は他大生の多い代だったらしい。関西の学生も入部していた。
早稲田大学地理学研究会、法政大学地理学研究会、都立大学地理学研究会など、色んな大学の人と知り合えたのは良かった。一方でそのインカレサークル以外にも、駒澤大学、明治大学、京都大学、同志社大学、これだけ沢山の大学に地理系サークルがあって、なぜ慶應義塾にはそれがないのかと苛立ってもいた。『学問のすゝめ』の冒頭で、「地理学とは日本国中はもちろん世界万国の風土道案内なり」と語られている。それなのに! 地理学は経済学より歴史より先に言及されるのに!
六月頃の隅田エリアを歩く巡検で、参加者の藤井君が慶大生であることを知った。しばらくして彼にサークル設立を提案し、十二月に未公認学生団体「地理倶楽部」を申請した。巡検など学術性にこだわらず、気軽に楽しめる場にしたいと考えて「地理学研究会」ではなく「地理倶楽部」という名称にした。団体受理の通知が来たのは、タリーズの慶應日吉店だったと記憶している。
隅田巡検の両国橋から撮影(写真=提供)
余談ながら少し遡るが、同じく2021年の夏から、「地理学系サークル交流会」という会が不定期にオンラインでの活動を始めていた。この運営については筑波大学地理愛好会の部員らが軸となっており、地理倶楽部を設立した頃にこの団体を知った我々は時折そのオンライン会議に参加していた。この団体は、のちに「全国地理学系サークル連合会」に改称される。
コロナウイルスによる緊急事態宣言の発令下、地理系サークルの主要な活動である「巡検」が致命的な制約を受ける中で、どうにか活動を続けよう、途絶えた交流を再興させよう、という動きがあったのだ。
『What is LOVE?』:勝利の女神はどなたに
2022年から2023年は、細々と活動を続けていた。活動頻度は割と高かったものの、人数の規模に物足りなさを感じていた。人が集まりにくいため藤井君と二人で巡検を実施したことも何度もあるし、夏には私一人で武蔵野市を歩いたこともあった。地理界隈には「一人で歩けば散歩、二人はデート、三人以上で巡検」という諺がある。我々は巡検ができていなかった。ただし年中入部を受け付けているから、時折ダイレクトメッセージをもらって、少しずつ部員を増やしていった。
地理倶楽部について「面白いね」と言って入った割には活動に参加しない部員もたまにいた。心底腹を立てた。そういうときはモーニング娘。’14の曲『What is LOVE? 』を何度も聴いた。「勝利の女神はどなたに微笑むでしょうか」という歌詞は、運営に迷う私の期待も不安も膨らませた。
巡検以外の活動も考えようと、「PLATEAU」(プラトー、国土交通省による3D都市モデル整備プロジェクト)を使ってメタバース上に都市を作ることも試みた。地理情報システム(GIS)も活かせないかと、後述する「1限マップ」作成に取り掛かった。
ちなみに2023年度には、要件上は公認学生団体になり得たが、見送った。というのも、弊塾で公認学生団体になれば課外活動の申請が必須になるからだ。巡検を主な活動とする地理倶楽部にとって毎回参加者数を4営業日前までに確定させ活動を申請するのは労力を要するし、それを負担するだけの規模になっていないと判断した。飛び入り参加を許容したかったのも一因だ。しかし今思うとこのタイミングで公認申請を出していれば、できることは増えていたかもしれない。というのも毎年3月末に申請して合否が確定するのは7月なので、今年度の春新歓時点で地理倶楽部は未公認団体として勧誘を行った。2023年度に認められれば今年度の新歓では公認団体として出展できたかもしれない。「公認」は新入生がサークルを選ぶ上で多少の不安を拭う要素だし、公認団体になれば教室利用が可能になるため勉強会も頻繁に実施できたかもしれない。
幸いだったのは、Xで公開した日吉キャンパスの「1限マップ」が反響を得たことだ。1限マップというのは、関東圏の全駅について、何時に駅を出発すればキャンパスの1限(午前9時)に間に合うかを調べて地図に表したものだ。2023年は新歓時期に間に合わず6月の公開となってしまったが、それでも当倶楽部としては望外の反響を得て、塾生新聞2023年8月号に1限マップを掲載していただいた。「ついに完成!」という見出しに高鳴った。
しかし、もちろん発信できる喜びも抱く傍ら、やはり内心はヒリヒリしていた。次年度(2024年度)には設立メンバーがみな4年生になる。三田祭を二週間後に控えた八王子での巡検で、もし来年度に新入生が少ししか入らなかったら、団体の継続を後輩に担わせるのも心苦しいからサークルを解散させないか、と藤井君に相談していた。
日吉キャンパス版の1限マップ(写真=提供)
『フェイバリット』:白い息を弾ませ
2023年に三田祭に出展したことは大きな成果だった。地理倶楽部として初の対面行事となり心配していたが、こちらも予想を遥か超える来場者の方に展示をご覧いただいた。ここからCBCラジオ「アナののびしろ」に出演することも決まり、1限マップというキャッチーな武器を携えて大学内外のメディアで地理倶楽部を発信できた。また当時はメタバースのことばかり考えていたからか、展示室にて目の前で現実に反応を得られる良さを実感した。
地理倶楽部は2021年に設立されたが、かつて慶應義塾にも地理系サークルがあったことを三田祭前後で知った。そのサークルのOBの方も三田祭の展示にいらっしゃった。そのサークルは2006年になくなってしまったそうで、つまり慶應義塾大学における地理サークルの歴史からみれば、15年の空白があったことになる。三田キャンパスから徒歩30分の東京都立中央図書館でそのサークルの資料を閲覧した。資料によると団体はかなり繁栄していたようだが、それでも解散してしまった。地理好きの集まる場を残す思いは強まった。帰りの道すがら、麻布十番の「きみちゃん」の像には白いマフラーが巻かれていた。
そして2023年12月22日、前述の全国地理学系サークル連合会(以下、「連合会」)にて次期役職者を決める定例会があり、私は思い切って立候補して2024年の事務局長を務めることとなった。
帰り道の「きみちゃん」像(写真=提供)
第二章:概説としての連合会
『ドッキドキ!LOVEメール』:会いたくなった
連合会の活動は三カ月に一回のオンライン会議と年に一度の対面例会。ここをどうにか盛り上げようと思った。はじめは何をしたらいいか分からず、まずはSNSを中心に各地理系サークルの活動状況を把握することにした。Xには地理を冠したサークルのアカウントがいくつかあり、つい数時間前に更新されたものもあれば、五年以上更新のないものもあった。これらのアカウントを全て表に並べ、一年以内に活動がある団体、一年以上情報更新のない団体と分類し、後者には個別にダイレクトメッセージを送った。メッセージ送信の制約を乗り越えるためにXの有料会員になった。いくつかの団体からは回答を得られたし、そうした連絡を通して、就任時から加盟団体数を14から22に増やすことが出来た。
ちなみに地理倶楽部では私が公認化に否定的だったので藤井君とかなり揉めた。しかし春学期に入ると10人ほどの新入生が地理倶楽部に入部し運営も手伝ってくれるようになった。連合会事務局長としての調査にも俄然活力が湧いていた。
ネットを中心とした調査に段々と限界を感じ始めた。というのも、一年半以上更新のなかったサークルが急に活動報告をXで投稿したこともあり「活動有無は現地に行かないと判断できない」と思うようになったのだ。そこで私は大学の学園祭を主に巡っていった。地理系サークルの出展がなければ、歴史研究会や鉄道研究会など類似した分野のサークルのもとへ、地理系サークルについて知らないか聞いて回った。就活中なのに。
そして梅雨入り前に就職活動を終え、夏から他地域の地理系サークルの方とお会いすることにした。札幌から仙台、金沢から富山、佐賀から佐世保、といった風に。特に学園祭が密集している11月初週、金曜から月曜日までの4日間については、関東圏の13校の学園祭を回った。スケジュールの都合でお会いできなかった団体もあったが、おかげで多くの地理サークルの方から近況や成り立ちを伺うことが出来た。
高崎経済大学(写真=提供)
『Drifter』:色んな人が居て
各地理サークルの現状を具体的に話すわけにいかないが、多くの団体に共通する概要をまとめた。
(一.支持基盤)地理学科や地理コースのある大学のサークルは当然ながら根強い。学科の人間関係を拡げる目的で入部する人もいる。反対にその基盤のないサークルは疲弊していきやすい。地理倶楽部の運命や如何に。
(二.就職活動)新三~四年生が新歓に参加できればよいが、地元で就活する部員が多いと新歓に出展することすら断念してしまい、新入生が入らないという状況に陥る。今まさにこの状況に置かれているサークルもある。
(三.男女比)男女比は7:3なら良い方で、だいたい9:1。地理倶楽部に女子部員はいないが、新歓では女子新入生からほぼ必ず男女比について問い合わせられ、愚直に答えれば去られ、惡循環に陥る。
(四.創業支援)設立者がもともと別大学の大規模なインカレサークルに所属していて、そのサークル内で部員らに相談しながら新規設立を進めるケースも少なくない。首都圏と京阪神の外ではその限りでない。
(五.知識の継承)一括りに地理好きと言っても、分野は歴史、旅行、商業、地質、交通から空想地図まで多岐に渡り、分野別にも趣味程度から学術程度まで濃淡がある。したがって地理・地理学に関する諸々を体系的にレクチャーすることが困難で、知識が継承されにくい。部員も、同じ趣味の人と盛り上がりたいが、そうでない人に教えようとまで思っていない。
(六.巡検の下火)各所で巡検資料が作られるものの、団体間はおろか部内でもその資料が使い回されることは滅多にない。そして巡検をイチから作るには——ただでさえ独創性のないものでも——労力を要する。ある意味で巡検が「飽和」しつつあり、代わりにボードゲーム企画などが、分野や知識量の異なる部員同士でも楽しめる企画として盛んになっている。
様々な地理サークルの方と話していて、彼らも地理倶楽部に似た体験をしていると知った。おそらく地理サークルひいては様々なサークルが運営において通る道なのだろう。諸地理サークルは今のところ、この道を地図にできていない。
佐世保湾(写真=提供)
『スッペシャル ジェネレ~ション』:この愛はゆるぎない
緊急事態宣言発令に伴う自然消滅もいくつか見られた。某大学で70年続く地理学研究会の現状を知るために学園祭に行ったところ、出展していた別サークルの方から「あの地理学研究会は二年間新歓をしていないから自然消滅したと認識している」と聞いた。そんなにあっさり消えてしまうのか。コロナウイルスの感染拡大は、地理サークルの歴史においてさえも「災害」だった。
でもやっぱり、地理を共有する場として学内にサークルがあってほしい。私はそうした思いに駆られ地理倶楽部を設立したわけだし。
全国地理学系サークル連合会は、学内の連盟と異なり地理で繋がれる団体だ。連合会は共助体制によって今後起こりうるショックに備えることができる。残り僅かの任期であまり勝手なことは言えないが、今後は組合のように機能しつつノウハウを蓄積させられれば価値をもたらすと可能性を見出している。
補足として、大規模サークルでは長い年月をかけて内部の運営体制・交流体制が高度に整備されている。あれはアトランティス級だ。そして他団体との交流実績もある。つまり連合会に加入するメリットがあまり無い。「確かに交流は必要だけど加盟は別かな」という薄い膜を感じている。私はこれを分断というより均衡と思って、課題として認識していない。
感染拡大期においてはサークル勧誘が困難で、緊急事態宣言発令下、そうそう巡検をやるわけにもいかない。多くの大学は学内の学生のみ所属するサークルを公認の条件としているから、インカレ化は躊躇われる。東大地理部において我々の代は特に他大生が多かったそうだが、自ら設立運営するには余りに制約が多いために斯様な大規模インカレサークルに入会したという見方もできる。私見だ。
実は私の確認している限り、全国で「地理」を冠するサークルは今年だけで8団体も増え(三田祭時点)、直近3年で20団体が新設された。直近2年以内の活動がある団体は49となった。そして前向きな展望として、2022年度に高校で「地理総合」が必修となった。設置年次は学校ごとに異なるが、一年次に地理総合を設置したとしても、それを履修した高校生がこの春に現役入学する。つまり浪人経験者などを除けば、来年の春から新入生みな一度は地理に触れている状態になる。皆が苦手意識や好きだった思い出を味わっている。数多の地理系サークルは、そして地理倶楽部は、彼ら彼女らを迎えることになる。ハロー!麒麟児たち!
(舘恒太朗さん)
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(倉澤輝圭)