世界中の人々を魅了する日本のアニメや漫画。近年、政府は「アニメ文化大使」の任命や「国際漫画大賞」の創設など、ポップカルチャーを中心とした文化外交に本腰を入れ始めている。
日本文化を発信することが、なぜ国益につながるのか。国家が主導する文化戦略に問題点はないのか。文化人類学者の渡辺靖教授にお話を伺った。
【プロフィール】
慶大環境情報学部教授(文化人類学、文化政策論、アメリカ研究)。上智大学外国語学部卒業後、ハーバード大学大学院修士課程ならびに博士課程修了。ケンブリッジ大学、オクスフォード大学客員研究員を経て、2006年より現職。著書に『アメリカン・センター~アメリカの国際文化戦略』など。今月、新著『アメリカン・デモクラシーの逆説』(岩波新書)を刊行した。
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「従来の外交は、政治家や外交官といった一部の人間だけで執り行われる閉鎖的なものだった。しかし、今日では『いかに他国の市民に自国をアピールできるか』ということも外交上の主要な課題になりつつある」と渡辺教授は話す。情報網の発達やメディアの多様化によって、外交に対する世論の要望や意見を無視することができなくなったことが背景にあるそうだ。
こうした時代の潮流を踏まえ、国際政治を制する新たな力として注目されるのが「ソフトパワー」という概念である。
渡辺教授は、ソフトパワーについて「ハードパワーのように経済力や軍事力で他国を動かすものとは対照的に、他国が自国を望むような形に仕向けるパワー」と説明する。
ただ、日本ではしばしばこの語に関して「誤用」があると警鐘を鳴らす。「ソフトパワーは、ソフトコンテンツ産業振興と同一視されることがある。しかし、アニメや漫画はソフトパワーのきっかけにはなり得るが、それが普及するだけで国益と結びつくわけではない」と指摘。さらに、自然災害に見舞われてきたからこそ培われた防災対策などを例に挙げ、「『ものや形』として存在しない日本文化にも着目するべき」と主張した。
文化外交をめぐる議論は、ときに「政治と文化」のあり方について疑問を投じる。日本では、文化振興に予算を割くことに対して懐疑的な声が根強い。実際に、先進諸国に比べて「圧倒的に予算が少ない」という。
今後、日本における文化外交はどうあるべきなのか。渡辺教授は「多様なものの見方や考え方が提示される現代社会では、『国』を前面に押し出して世論を操作しようとするのは逆効果。国益を狭く捉えないで、社会全体の度量の大きさを示すべき」と話した。
成果が見えにくく、消極的になりがちな文化外交。その展望は、文化を育ててきた国民全体で模索する必要があるだろう。
(横山太一)
編集後記
アメリカの地域文化に精通している渡辺教授は、日本とアメリカの文化について興味深いことを仰っていました。
「ハリウッド映画には、アメリカなりの絶対的な正義が存在する。でも、ポケモンからは日本的な価値観は見出しにくい」
世界各国で、日本のアニメや漫画が受け入られているのは、こうした要因があるのかもしれません。