2024年4月1日に、慶應義塾の名誉教授である倉田敬子氏が国立国会図書館長に就任した。スマホやインターネットが普及し、簡単に手に入れることができる情報が溢れる中、本を読む人は年々少なくなってきていると言われている。そんな時代において館長に就任された倉田氏に、就任の経緯とともに、館長としての抱負や塾生に向けたメッセージを伺った。

 

インタビューを受ける倉田館長

 

―国会図書館長に就任された経緯を教えてください。

国会の事務局の方から突然メールがありました。私は、国立国会図書館の科学技術情報整備審議会の委員を14年ほどやっていたので、私のことを全く知らないで選んだわけではないとは思いますが、どのような経緯で選ばれたのかは私もわかりません。慶應は日本における図書館情報学研究のパイオニアで、歴史や実績もあり、図書館情報学の研究者が多く在籍する教育機関として有名ですが、これまで図書館情報学の研究者が国立国会図書館長に選ばれたことはなかったので、私自身も驚きました。慶應の同僚の研究者や職員の方にも驚かれました。誰も私が国立国会図書館長になるなんて思ってもいなかったと思います。

 

―人生を変えるきっかけになった本、学生に心からお勧めしたい本などがあれば教えてください。

学生にお勧めしたい本は山のようにありますが、この1冊で人生が変わったというのとは少し違うように思います。子供の頃から本が好きで、中学、高校と、読むジャンルは次々と変わっていきました。小説だけでなく、漫画にも印象に残っている作品はたくさんあります。学生の皆さんには、とにかくなんでもいいからたくさん読んでほしいです。

大学生になってからは、読むのが難しい学術書を読む機会も増えました。ゼミの時に、マックス・ウェーバーの著書を読むことになったのですが、1行の本文に注が5ページもつくような著作で最初は訳がわからない、もうお手上げという感じでした。しかし、無理にでもそのわからない文章を読み進めるという体験をしたことで、思想を本として書くとはどういうことなのか、それを読み解くとはどういうことなのかを実体験できました。すべての人には勧めませんが、完全には理解できなくても、読んだことによって何かを得ることができる、そういった本に出会う機会はあると思います。本を読むにはある種の努力が必要で、その努力を積み重ねることの大変さはもちろんありますが、それをやりきった時には、大きな自信になります。

ウェーバーはすべてを読み切ることはできませんでしたが、政治思想史家の丸山眞男や経済史家の大塚久雄は著作集で全巻読みました。これは小説でも同じで、ある小説家が気に入るとその人の全著作を読む傾向があります。自分に合う人、合わない人があると思うので、好きな小説家ができたらその人は離さないで読んだ方がいいと思います。

 

―「図書館の役割は情報を流通させること」と国立国会図書館の「カレントアウェアネス-E」に掲載されたインタビューでおっしゃっていましたが、それを実現させるための国立国会図書館の仕組み、取り組みがあれば教えてください。

情報は利用されて初めて目的を達することができると思います。そのためにはその情報にアクセスできる形にしておかないと使ってもらえないわけです。例えば絶版になってしまった本を読みたい時、出版社も在庫を持っていないし、書店にも流通していないから買うことができません。そんなときに頼るのが図書館です。図書館の役目は、本を保存して、将来の利用者に備えることです。それはすべての図書館に当てはまりますが、国立国会図書館は日本唯一の国立図書館なので、基本的には日本の出版物を網羅的に収集しています。現在の利用者ももちろんですが、それ以上に将来の利用者に向けて、それを保存しておくことが重要です。

現在は情報がデジタル化し、情報量が膨大になったため、すべての情報を集めることはできません。電子書籍が流通するだけでなく、SNSにも様々な記事や動画があふれています。そのため、どの情報を保存し、どの情報を保存しないかという取捨選択が非常に重要であり、出版者等との協議を続けています。また、所蔵している紙の本のデジタル化も進めています。

 

―国立国会図書館の強み、特徴を教えてください。

強みは、納本制度に基づき、日本の出版物に関しては網羅的に収集して保存していることです。公共図書館では本を捨てることもありますが、国立国会図書館は、納本していただいたものは永久保存します。本は絶対捨てないし、100年後まで見ていただけるようにするため、書庫では温度管理を徹底しています。次の世代に残せるようにできる限りのことをしています。

他にない特徴としては、国会議員の方々の質問に答える役割があることです。国会議員の先生方は立法活動をするために、現状の課題や過去の事例などについて理解をしなければなりません。ですが、現代の社会は様々なことが起きていて、議員の方でも知らないことやわからないことが出てきます。その時に質問するのが国立国会図書館です。議員の先生方からの問い合わせが去年度は3万6000件ありました。回答が簡単なものから、もっと大きな課題に関しての難しい質問まで、科学技術の話から農業、政治、経済など本当に多種多様な質問が来るので、それらに対して回答することが、他の図書館にはない特徴的な役割です。さらには問い合わせを待っているだけでなく、国政を審議するうえで今後重要になりそうな政策課題を事前に予測し、プロジェクトを立てて調査することもしています。そして調査の成果をまとめた刊行物を作り、議員の方にお配りして参考にしてもらっています。

 

―館長としての抱負をお聞かせください。

紙の資料とデジタルの資料をどのように統合的に扱って、国会議員の方、国民全員に対して、さらには、できるならば全世界の人々にどういう形で情報を届けることができるのか。紙とデジタルの過渡期をどう乗り越えて、次の時代に向けてどういう仕組み、システムを作ればいいのか。それはすぐにはできるわけはないし、私の在職中に何か新しいことができるかどうかもわかりませんが、少なくとも考え続けることは必要です。何か少しでも、895人(令和6年4月現在)の職員が日々やっていることの中から、将来どうしたいのかというビジョンを導き出せる、まとめていけるようなことができたらいいと思います。

 

―近年、本を読む学生が少ないといわれています。そんな中で塾生に向けてメッセージをお願いします。

時代的にも、周りの仲間たちの影響もあって私は本を読むことが当たり前の生活を送ってきました。ですから、本を読まないということがあまり理解できません。学生の皆さんには、とにかく本を読んでほしいとしか言いようがないですね。勉強の本でもいいし、物語の本でもいい。私は物語がすごく好きで、物語を読んで感動したり、嬉しくなったり、励まされたりしてきました。物語に助けられてきた面はすごくあります。みなさんにもその体験をしてほしいと思います。

今の時代の大学生は、授業に加え、ゼミやサークル、アルバイトとすごく忙しいです。そのような忙しい時代に毎日1時間、集中して本を読むということは非常に難しいことだと思います。しかし、それができると、その先に本当に素晴らしい世界が待っているので、なんとかして本を読むことを継続してほしいと思います。

実証はされていませんが、人間が周りの環境から完全に遮断された形である1つの物事に集中する、ということは、動物としてはやってはいけないことで、周りの感覚を遮断すれば、生存にとって危険な状態に陥ります。だから、動物は必ず周りからの刺激に敏感になっているし、周りが危険ではないかということを常に確認しながら生活しています。そういう意味で、SNSの通知が気になってしまったり、作業をしていても気が散ったりしてしまうことは本能的なものといえます。でも、人間は無理やり集中して本を読みます。これはある意味、無理やり後天的に身に着けた行動なのだと思います。逆に言うと、訓練をしないと身につかないのです。訓練をやめれば常に周囲に注意を分散している状態に戻ってしまいます。ですから、少し厳しいかもしれませんが、読書は人類としての大変貴重な行動なので、ぜひ訓練をしてほしいです。大学生の時にそれを訓練しておけば、将来社会人になり、今よりも忙しくなった時でも、少ない時間であれ本を読むことを習慣化できます。現在の私もあまり長い時間を取ることができませんが、1日30分は本を読んでいます。隙間時間で読書をすることが習慣化されているのです。1日30分でも、バラバラにしか読めない物語でも、読みたいのです。それは今までずっと本を読んできて、楽しみをわかっているからです。だから、大学生にはぜひ訓練だと思って本を読んでほしいと思います。

 

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