「食欲の秋」といわれるこの季節。お洒落なお皿に盛られた料理が数々と並ぶ華やかな食卓を見て、心躍る読者も多いだろう。食卓の演出のみならず食空間全体を彩る「食空間プロデューサー」として活躍する山本侑貴子さんに取材し、食空間プロデュースの魅力に迫る。山本さんは、慶大文学部を卒業後、外資系の証券会社に就職。その後、どのように現在の食空間プロデューサーとしての仕事にたどり着いたのか。
趣味を仕事に
山本さんが証券会社で働いていたころ、自身の能力の10分の1ほどしか仕事で発揮できていないような気がしたという。当時の心境について彼女は、「自分が、自分の能力でなくても良いところで働いている感じがした」「このまま当時の証券会社にいて、お給料も良いままずっと勤めていてもいいのかと疑問に思っていた」と話す。そんな葛藤のなかでの結婚。それを機に、勤めていた証券会社を辞め、自身の能力を生かすことのできる仕事をしていくことを決意した。そこで目を向けたのが、もともと趣味であったテーブルコーディネートだ。何件かのテーブルコーディネートの教室に通っていると、「何かが違う、これでは面白くない」と感じた山本さん。「どうせやるなら本気でやれ」という夫からのアドバイスを機に、自身で納得のいくテーブルコーディネートのもてなしサロンを開くことを決意したという。
テーブルコーディネートを超えた食空間プロデュースを
彼女が「面白くない」と感じたテーブルコーディネートの教室と、彼女が始めたサロンの違いはどこにあるのか。彼女のサロンでは、テーブル上のセッティングだけでなく、料理・ワイン・お花をはじめとした空間の全てをコーディネートすることがポイントだという。「テーブルコーディネート」のみに留まらず、食空間全体を彩るという意味から、使うようになったのは「食空間プロデュース」という言葉。以来、彼女は自身の職業を「食空間プロデューサー」と呼んでいる。
食は世界平和
食空間を彩ることを大切にされている山本さん。食とはどのようなものであるかをたずねると、彼女は「食は世界平和である」と語る。G7広島サミットでの会食のプロデュースを手がけた彼女は、「人を和ませたり、人を幸せにしたりするものこそが食空間だ」と感じたそう。さらに、このような考えは各国首脳の集いのような大きな場だけでなく、家庭から始まっているという。彼女自身、息子が巣立った後、自分だけのためにご飯を作ることへのモチベーションが下がってしまった時期があった。しかし、その時に改めて自分自身をもてなすことが生活を豊かにすることに気づいた。山本さんは「最近は自分のために、丁寧に、いい食材を使って料理を作ってあげたい」「惣菜を買ってきたとしても、自分のためにいい器に盛り付けてあげたいと感じる」と話す。このような「おひとりさま」を大切にする発想は、一人暮らしの人々にとっても大切な考えだ。日々の暮らしを豊かにし、心を和ませて幸せをもたらす場として、食空間は間違いなく世界平和につながるものである。
もてなしの心
取材のなかに繰り返し出てきたのは「もてなし」という言葉。彼女は食空間をプロデュースするなかで、常にもてなしの心を大切にしている。客人を招いて自宅で食事会を開く際も、その心配りは細部にまで行き届いている。空間のテーマやメニュー
を決定し、それに合わせた食器や食材を選び、メニュー表までも作成して一人ひとりに贈るのだという。一度でもそういったもてなしを受けた人は、他人のもてなしや気遣いのありがたさに気づく。彼女自身も、幼少時から祭事期を大切にしていた母親のもてなしを受け、もてなしに興味を持ち、それが現在の食空間プロデュースにつながっているという。もてなしの心は受け継がれていくのだ。
1輪の花のすすめ
初心者でも簡単に実践できる取り組みとしてアドバイスされたのは1輪の花を生けること。季節感を取り入れ、生活に華を持たせるために生花を生けることが大切だそうだ。色彩を意識することも、重要なポイントとなる。視覚の効果を利用して、季節のイメージにあった色を料理や皿、テーブルクロスなどによって取り入れることがコツだという。少しの意識で食空間の豊かさは大きく変わる。日々の生活に、ぜひ取り入れてみてはどうだろう。
【プロフィール】山本侑貴子さん
株式会社ダイニングアンドスタイル代表 食・空間プロデューサー
食器ブランドのイベントディスプレイやスタイリングを多数手がける。ホテルやレストラン、JALの国際線ラウンジのテーブルウエアの監修のほか、TVなどのコーナースタイリングを担当。
(落合柚月)