「世界で戦えるエンターテイメントに」慶大卒業から「ホロライブ」が生まれるまで

「ホロライブプロダクション」。多くの学生が聞いたことがあるのではないだろうか。ホロライブは、近年大きく成長を遂げているコンテンツ、バーチャルタレント(バーチャルユーチューバー、VTuber、バーチャルライバー)で第一線を走るタレントグループだ。今回は、そんなホロライブプロダクションはじめ、多くのVRエンターテイメントに携わっているカバー株式会社の谷郷元昭CEOに、在学時の思い出やこれまでの歩みについて聞いた。

谷郷氏は、慶應義塾大学理工学部の機械工学科、当時のSコースに入学。1997年に慶大理工学部を卒業した。1〜3年生の間は、意外にも自由奔放な学生生活を楽しんでいたよう。

「黒歴史にはなりますが、大阪から東京に来て雀荘に入り浸っていましたね。高校時代帰宅部だったこともあり、1〜4年生で一貫したサークルに入っていたいと思っていました。しかし3年生の頃にはスキーやアイスホッケーなどのサークルを辞めて、学業もほどほどに遊んでいました(笑)」

しかし、4年生で研究室に配属されて、人生を大きく変えた出会いがあったという。

「理工学部なので4年生で研究室に配属されたのですが、そこでの出会いが人生を大きく変えたと思っています。私が入った研究室はデザイン工学を扱うところで、指導教授が社会人経験を持つ方でした。他の研究室とは毛色がちょっと違ったんですね。どういうことかというと、学校というより社会のような感じがした。学生と社会人はぜんぜん違うということを学ばされました。具体的に言えば、大学では一定のルールが与えられて、その中で皆で頑張ろうといった感じでしたが、社会に出ると自分が主人公になって、どんな手段を使ってでもドライブしていかないといけないということを叩き込まれました。大学ではお客様気分でいられても、社会に出たら全く逆になるんだという実感を先取りしたなと思います」

谷郷氏は、ここでの指導を受けて、雑然と大学院への進学を考えていたところ、急遽学部で就職を決めた。

 

卒業から「カバー」に至るまで

そんな波乱万丈な大学生活を終え、卒業後、どのような道を辿ったのか。

「卒業後、1997年にイマジニアというベンチャー企業に入社しました。その6年後に今は情報サイト「@cosme」などで有名なアイスタイルという会社に入社し、EC(電子商取引)を担当していました。その後インタースパイアという会社を経て、サンゼロミニッツという会社を起業しました。サンゼロミニッツでは、日本で初めてGPSを使った地域情報アプリ30minを開発しました。そして、2016年6月13日に今のカバーを設立し、今に至ります」

当初のつもりからは急転して卒業、就職の道に進んだ谷郷氏だが、その後は色々な事業を渡り歩き、実業家として経験を着実に積み上げていった。

 

ホロライブはなぜ成功したか

これまで多くの道を渡り歩いてきた谷郷氏。外せないのがカバー株式会社での活躍だろう。カバー株式会社ではどのようなことをしているのか聞いた。

「VTuberプロダクション、メディアミックス、メタバースの3つの事業を行っています。世界中の人にとってのテレビがYouTubeになっている時代に、YouTubeでIP(知的財産)を確立し、それをメディアミックスやメタバースといった領域に広げ、『バーチャル経済圏』としてのビジネスを作り上げることを目指しています」

今やカバー株式会社といえばVTuberの存在は無視できないが、なぜVTuber事業に参画し、いかにして成功をおさめたのだろうか。

「2017年当時、中国でYYなどの配信プラットフォームを使ったライブ配信が伸びていました。そこで日本でもこれからこのようなエンタメが伸びていくだろうと踏み、バーチャルタレント『ときのそら』によるライブ配信を始めてみたんです。その後しばらくしない間に、御存知の通りキズナアイさんはじめVTuberブームが起きました。そして、その勢いのまま2018年にホロライブを発足させたところ、大きくヒットしました。当時は多くのライバルがいましたが、アイドル路線という差別化を図り、熱狂的人気を獲得することができました」。

このようなきっかけから、カバーはVTuber事業に参画し、現在も主力事業として展開しているという。国外のトレンドにいち早く目を向け、ライブ配信に参画した谷郷氏。見込んでいた通りVTuberブームが起きた後も、「アイドル路線」による差別化を図ったことで根強いファン層を獲得することができたと振り返った。

「VTuberへの人気が出たのってやっぱり新しいテクノロジーだからだと思うんですよね。目新しさ。例えばディズニー・ピクサーは、世界初の長編3DCGアニメーションを打ち出して流行りましたよね。テクノロジーが新しいとみんなが見たくなるから人気になるというのはあると思います。テクノロジーとエンターテインメントって、実は切っても切れない存在だと思っているのでカバーでもエンジニアリングのチームはとても強いと自負しています。最近だと、3Dコラボ配信で、タレントが自宅にいながら同じ仮想空間に入って配信できるようなシステムを使ったりしています。そうすることで、撮影のコストやタレントの負担を軽減することができました」。

その他にも、VTuberの人気が出た理由をテクノロジーの面からこう分析した。カバー以前からテクノロジーを駆使した事業に多く携わってきた谷郷氏だが、エンターテイメントの世界でもこの経験が活きている。

 

「エンタメを通じて世界で活躍」

これまで、多くの事業に携わってきた谷郷氏。これからどのような道を目指しているのか伺った。

「今のところはカバーを全力で続けていきたいです。近年、中国や韓国のエンタメがすごく急速に成長しています。そのような中でも世界で戦えるような、日本を代表するようなエンターテイメントを作っていきたいと思っています」。

こう語りながら、エンタメを通じて世界で活躍すると意気込んだ。
最後に、塾生へのメッセージをいただいた。

「新しい領域にチャレンジしてほしいと思います。僕が言ってもあまり説得力ないかもしれないですが、大人というのは学習しなくなってくるんです。そうすると、例えばAIのような新しいものが出てきたときには若者の方が圧倒的に有利なんです。既にあることをやっても、そんなに大きな存在価値を社会に示していけない。例えば、任天堂さんとかソニーさんとか、カバーもですが当時はなかった新しい事業を始めてから大きくなっていますよね。なので塾生の皆さんには積極的に新しい領域にチャレンジしてほしいと思っています。あと、ホロライブを見ていない方はぜひ見てください(笑)」

インタビューは終始和やかに進んだ一方、ひとつひとつの質問には迷いを見せない、鋭い、単刀直入な言葉で答えられていたことが印象深かった。その言葉には、なぜ谷郷氏が実業家として成功することができたのかを見て取ることができた。これからも走り続ける谷郷氏を陰ながら応援したい。

田畑海登