2005年に「萌え〜」がユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされてから、20年弱。メイドカフェをはじめとした大衆文化は、一般にも広く浸透した。そんなポピュラーカルチャーについて社会学的な視座を用いて研究するのが中村香住さんだ。インタビューから見えてきたのは、日常の中で立ち止まる姿勢。中村さんのこれまでと、メイドカフェ研究の現在を聞いた。
「内部にいるからこそ」の研究
中村さんの研究のきっかけは、小学生の頃から感じていたほのかな「違和感」。5年生の頃からレズビアンを自認していた彼女は、ジェンダーやセクシュアリティに関する世の中の規範に疑問を感じ、性にまつわる観点から世界を研究したいと考えた。
その後、高校生で上野千鶴子著の『発情装置』を読み、文化現象を通して性のあり方を考える視座を得た。「こういう研究をする人間になりたいと直感的に思った」と振り返る。
それ以降、マイノリティの中のマイノリティに光を当てて研究を進めてきた。性的少数派の中でもさらに少数派である、恋愛という概念自体が自分に適さないと考えるクワロマンティックの研究。2010年当時、オタクの中でもさらに少数派であった女性オタクの研究。すべてにおいて、顧みられにくい人々自身の声を拾い、誠実に向き合ってきた。「コミュニティ内部にいるからこそ書けることを活かしていきたい」という。
「生きている限りずっと研究」
現在、中村さんはメイドカフェでの女性の労働経験について、インタビューなどの質的方法を用いて研究を行っている。
きっかけは、修士時代に通っていたメイドカフェの推しがこぼした「フェミニズムが自分を救ってくれると思えなかった」との言葉。フェミニズムには、「女らしさ」や「かわいさ」を、社会構造的に押し付けられた規範だと批判する側面がある。そのような言説は理解できるが、それでも、かわいくありたい自分や女性性を売る職業自体を否定されたような気になってしまったというのだ。実際に働く人々の生きた悩みに触れ、理論だけでなく、当事者の語りに焦点を当て、当事者と共に歩めるフェミニズムを構想したいと考えた。
メイド達の語りの中で特に注目しているのは「承認欲求」という言葉だ。承認欲求と一言に言っても、見た目や生活、考え方など、何を承認されたいかは人によって異なる。近年、SNS上で頻繁に見かけるこの言葉に、多くの人が無批判に自分の経験を重ね合わせているのではないか。ブラックボックス化した言葉の内実を紐解くのが一つの目標だ。
日々生きていると、当然のように受け流してしまう言葉は多い。しかし、中村さんは常に批判的な視点を働かせ、新たな発見に繋げている。「生きている限り、ずっと研究している人間なんです。研究しないと生きていけない」と笑顔を見せた。
中村さんは、慶大生へのメッセージとして、「違和感を見過ごさないで欲しい」と語る。不思議に思うことを気に留め、調べて考え続ける。研究者にも重要な視点だが、情報が溢れる現代を生きる一人ひとりが意識すべきであろう。