子宮移植は子宮が原因で妊娠を諦めるしかなかった人々への新たな選択肢として注目を集める。生まれつき子宮のない、ロキタンスキー症候群の患者数は女性の約4,500人に1人と少なくない。子宮頸がんや子宮体がんであれば発症する割合はさらに高くなる。子宮移植はそうした病によって妊娠・出産の望みがかなわなかった人たちにとっての福音となることが期待されている。
今回は、ツイッター上で「#検察庁法改正案に抗議します」の発信者としても話題になり日本のジェンダー格差について声を上げる笛美さん、子宮移植の基礎研究に取り組み、日本の子宮移植研究をけん引する慶大医学部の木須伊織助教の両名に話を聞いた。
笛美さんはいまだ欧米と比べて女性差別が残る日本において、子宮移植手術を導入することは更なる家父長制の強化や出産をしなければならないという抑圧に繋がる可能性を指摘する。「本計画においては移植をされる女性に夫がいることが必須条件であり、それは出産をしたいと願う女性に結果的に結婚を強制し、未婚女性や同性婚の方への差別を助長してしまうのではないだろうか。実際に子宮移植手術が導入されているスウェーデンでは同性愛者の事実婚が認められているが、日本ではそうではない」。
また子宮移植そのものに対する疑問も投げかける。「健康な他者の体を傷つけるリスクがある移植手術という手段を採ってまで、自身のお腹で子供を産む必要が本当にあるのか疑問に思う」と述べ、自身のお腹を痛めて産むことが望ましいという、自然分晩についての偏見を助長する可能性もあると指摘した。
懸念点を解決するための対応としては、研究環境の改善を挙げる。
「本計画の研究チームはほとんど男性であり、当事者意見やジェンダーの視点が欠けているのではないか」と疑問を呈し、「研究チームに女性を増やすとともに、慶大に限らず、教授陣の女性比率を高めることによって女性の意見が問題解決に反映されるよう図るべきだ」と女性の体に関する問題解決の場で女性の割合を高める重要性を語った。
様々な問題点を挙げる一方で、子宮の移植手術という技術自体は評価する。問題は子供を産む・産まないで人としての評価が変わってしまう現代社会に子宮移植手術が導入されることだという。「周りの圧力に屈せず、子供を産まないという選択をすることは難しい。またいまだ女性がキャリアと出産・育児を両立させることが困難な情勢において、子宮移植手術が本当に女性のための技術なのか疑問視している」と締めくくった。
木須助教には国内の子宮移植研究をけん引する立場として子宮移植の抱える課題について聞いた。
課題点としてまず挙げたのは生体ドナーをめぐる問題だ。臓器移植では本来死体ドナーから提供される臓器を用いるのが、ドナーの健康などを考えても望ましいとされる。しかし日本において、死体ドナーからの提供が認可される臓器は法律で認められているものに限られる。木須助教は、「厚生労働省にも意見を求めるなどしたが、現段階では被験者の親族の方から提供してもらうほかなかった。法改正には国内での十分な数の症例が重要になるが、生体ドナーからの臓器提供は倫理的側面などから批判を受けやすい。板挟みのジレンマに悩まされている」とその難しさを語った。
次に挙げたのは費用の問題だ。子宮移植の実施にはスクリーニング検査、体外受精、子宮移植、術後管理、妊娠、出産、子宮摘出という全体の流れを通じ約2500万円が必要になるとされる。昨年4月より不妊治療が保険適用となったが、子宮移植が将来的に保険適用されるようになるかどうか、現時点ではわからない。そもそも子宮移植が不妊治療に分類されるかも不明であるのが現状だ。子宮移植では出産後、移植した子宮が摘出されるため免疫抑制剤を服用し続ける必要がない。通常の臓器移植と異なるのだが、臓器移植であるか不妊治療であるかの議論は継続中である。保険診療が可能になるかなど、費用に関する課題は今後さらに議論されていくことだろう。
最後に子宮移植に関する正確な説明を、現在多くの人に届けることができていない点を挙げた。医療関係者には長年の情報発信で広く認知されるようになったが、一般大衆には正確な情報が広まっていないのが現状であるようだ。木須助教は「まだ十分な理解を得られていないためか、インターネット上などでは子宮移植に対する根強い批判が見られる。一般の人たちに向けた情報発信にさらに力を入れていく必要がある」と話した。
両名の話からはまだまだ議論の余地があることが窺える。例えば子宮移植が女性に資するものか考える際、この研究がそもそも女性に応対する産婦人科の現場から開始されたことは考慮されるべきだ。子宮移植そのものについてだけでなく現に今救いを求める人々の立場で考えること、これも必要不可欠だろう。今後も冷静な議論が求められる論題である。)