入試方式やキャンパスの多様性で知られる慶大だが、実は通信教育課程も用意されている。現役の通学生にはあまり馴染みのないカリキュラムかと思われるが、現在約9,000人もの通信生が在籍している。2006年に開学した横浜薬科大学を第一期生として卒業後、薬剤師として仕事に従事するかたわら、横浜市薬剤師会健康ウォーキング小委員会や知的財産管理技能士会の広報担当としても活躍されている小関雄介(法学部乙類・2020年春入学)さんも、そうした通信塾生のひとりだ。

 

―そもそもなぜ通信教育を受けようと思ったのか、そのきっかけを教えてください。

 

そうですね、色々な要因があります。経営や法学に対して興味があったというのも要因のひとつですが、私自身がいま薬剤師として働いておりまして、そのなかで薬価改定や、診療報酬改定などにより薬局や薬剤師を取り巻く環境が大きな変化の中にあるということがあるんですね。

 

それ(改定)ってどうやって決まっているかというと、法律の存在が大きいんです。どういう背景で、どういう改定がなされて、そこにどういう力学が働いているのか、そういったところに興味がありました。また厳しい社会情勢のなかでどのようにして安定した運営ができるか、いかに恒常的な医療を地域の人達に提供できるか、そういった地域の人達が安心できる仕組みづくりには法学や経営学、経済学といった幅広い知識が必要だと感じたんです。仕事に携わりながら、そういった文系の学問に触れられるのは大学の通信教育だろうと考えた経緯があります。

 

―通信教育課程はさまざまな大学に設置されていますが、なぜ慶應義塾を選ばれたのでしょうか。

 

12月ぐらいだったかな。冷たい雨の降るなか、通信教育課程の学校、大学が一堂に会して説明会を行うイベントがありまして、そこで慶大をはじめ様々な大学が紹介されていました。全ての説明を受け、実学としての知識を運用していく際には慶大が非常にパワフルではないかと感じたのです。実際、現在通信課程に在学していると、やはり一緒に学ぶ仲間自体がアグレッシブといいますか、生活・仕事・学業共に一生懸命に生きる仲間の姿に自身も勇気付けられ、慶大の門戸を叩いて良かったと感じています。

 

―通信生と通学生のカリキュラムや取得単位数は同じなのでしょうか。

 

通信生の要取得単位数は通学生と変わりません。通信生は、日々フルタイムの仕事をしている社会人がメイン層ではありますが、他にも人生の諸先輩方など非常に幅広い方々が在籍されています。通信課程においては、大学に直接通わず、教科書やオンデマンド授業、返却されたレポートなどをもとに、自分で学習して咀嚼していく必要があります。レポートを書いては大学に送り、先生からフィードバックをもらい自らの研鑽を図ってゆく。対面でない学習環境を主としたなかでのセルフコントロール・セルフマネジメントが強く求められる環境なので、仕事や生活との両立が難しいことも事実ですが、これも含めて通信教育課程で学び得る人生の資産だと考えています。

 

また、授業もE-スクーリングのようにオンデマンドで配信されているものもあるので、例えば私は通勤中にモバイル端末を複数台使用して、片方の携帯電話で授業を視聴しながら、もう片方で印象に残ったことをメモするなどして時間を有効活用しています。皆さん自身の生活スタイルに合わせた方法を模索しながら各々が学習を継続しています。

 

―そうでもしないと学習が進まないという通信課程の大変さが伺えますね。

 

やはり仕事や生活との両立が肝になってくるので、場合によっては継続学習が難しくなるケースも存在します。だから改めて通学課程の現役生の皆さんにお伝えしたいのが、いま学業に集中できる時間というのは本当に尊いという点です。働き始めると、本業に集中した残りの時間と体力で対応することになるため本当に大変な取り組みとなります。仕事から帰ってきた夜の時間などは、脳が疲弊して、思考力が落ちている時間帯です。工夫しながら勉強に励まなければなりません。隙間時間を活用するため自らの用い得る時間の棚卸しも必要になる場合があります。そういった経験を踏まえると、在学中にもっと勉強しておけばよかったという声は非常によく聞きます。現役生の皆さんは既に蔵書の蓄積のある図書館や素晴らしい先生、大切な仲間たちといった非常に恵まれた環境にありますので、楽しむことと同時に、今のうちにたくさん学んで知識を得ておくことをおすすめします。後から回収しようとなると、本当に苦労することになります(笑)。

 

―慶大の通信教育課程にはどういった特徴や魅力があると思いますか。

 

背景や考え方、経験など多様な方が在籍しているというのが魅力の一つであると感じます。私のように今までのキャリアに加えて、新たな知識が必要になったという理由で入る方もいれば、純粋に新たな発見や知的な発見などを楽しまれている方もいらっしゃいます。本当に色々な価値観の方と触れ合うことによって、自分自身も成長できる環境が整っているのが慶大の通信教育課程の魅力の一つであると思います。

 

「学校の先生をやっていました」「塾の先生をやっていました」という方もいれば、「IT関連の企業で働いています」という方、海外で仕事をされている方などもいます。さまざまなバックグラウンド・知識体系を持った方々が多くいらっしゃって、その人達が自身のキャリアにもインパクトを与えるだけでなく、相補的にお互いの困りごとを解決できるような、そういった知識やアイデア、そして自らの新たな課題に出会うきっかけとなる。そこが通学課程とはまた違った大きな魅力の一つだと考えています。

 

―通学教育課程とはまた違う「多様性」が通信教育課程にはあるのですね。

 

福澤先生もおっしゃっていた、人間交際(じんかんこうさい:人と人との自発的な交わりという福沢諭吉によるsocietyの訳語)を体現できる場所が、通信課程のなかにも深く根付いているのだと感じています。例えば、通学生にとっての学習サークル的な存在として、慶友会という仕組みがあります。そこでは学習会などを定期的に行っていまして、キャンパスを持たない通信生に対して一種の疑似的なキャンパスを提供しており、これも福澤先生の半学半教(はんがくはんきょう:教える側と学ぶ側が別個にあるのではなく、お互いに教え合い、学び合い、自己を高め合っていくべきとする精神)の文化を反映しています。また、講師派遣なども慶友会により運営されています。最近はコロナ禍でオンライン開催が多かったのですが、コロナ禍前までは日吉や三田のキャンパスなどで先生に講演をしていただくなど、貴重な学習の機会を提供しており多くの通信生に親しまれています。

 

最近はインターネットの時代になりましたが、やはりインターネットで調べられる情報って偏ってしまいますよね。検索エンジンによってどうしても利用者にとって興味のありそうな「最適化された情報」を取得しがちで、自分の全く興味がなかったものや未知の領域と接触する機会を得ることは難しくなったと考えています。色々な人間がいる環境の中に飛び込めば、そういったバイアスなく、各々の個性だったり情報だったり、数々の刺激や発見に触れ合えるのではないかと考えています。通信課程は、そうした個性や情報と出会う多様性の宝庫だと言えるのかもしれません。

 

―最後に現役の通信塾生や通信塾生になることを検討している方々へ向けてメッセージをお願いします。

 

通信課程は、どうしても孤独な戦いになりがちかと思います。ただでさえ仕事などがあるなかで、レポートの修正や提出など自学自習で単位を取得していくのは大変なプロセスであり、人生最大の挑戦の一つとも言えるかもしれません。添削されて返ってきたレポートや先生からのコメントは厳しいものも多いですが、先生方との貴重なやりとりでもありその指導が重要な学びとなります。通信課程に入学された方々は、これまでの人生経験に加えて、新しい発見や進展が生まれることでしょう。慶應義塾の通信塾生は全国に何千人もいて、各地・各分野の慶友会といったそれぞれのコミュニティに属するなどして共に勉学に励んでいます。

 

イノベーションの父としても知られるシュンペーターは、新結合という理論を提唱しました。新結合とは、これまで組み合わせたことのない要素を組み合わせることによって全く新しい価値を創造することです。私の場合、薬学や衛生学に法学という新たな学問を組み合わせることで、薬事衛生上の行政連携だったり、広報だったり、そういった新しい領域を作り出すといった自身のスタイルを模索しています。

 

理系的に例えると、水素と酸素がくっつくと水とエネルギーという私達の生活にとって有益な別のものができますよね。これと同じように、慶應義塾の通信教育課程で学んだことを、これまでの人生経験にプラスすることで、新しい知が生まれます。知識は私達が後天的に得ることのできる大切な資産です。自身も大切な仲間との出会いも大切にし、通信課程での学びを実りあるものとして皆さんと共に学んでいきたいと思います。日々苦しいことも多いですが、この大きな山を一緒に登っていきましょう。

 

野田陸翔