【慶應SFC学会が刊行する学術雑誌『Keio SFC Journal』では2019年に多言語多文化共生社会についての特集を組んでおり、また他の号にも研究会出身の学生たちのアイヌ語口承文芸に関する論文が複数掲載されている】

毎年2月21日は、言語の多様性を保護する国際母語デーである。多様性のある持続可能な社会の重要性が強調される今日、特に注目されているのが先住民言語だ。国連も、2022年から2032年まで10年間を、先住民言語の10年として定め、先住民言語の保護に取り組んでいる。

日本では、アイヌ語が消滅する恐れが非常に高いとされる。そこで、アイヌ語の研究を進めてきた湘南藤沢キャンパスの藤田護専任講師に話を聞いた。

アイヌ語伝承の現状

アイヌ語は、かつて北海道だけでなく樺太や千島列島、さらに東北地方でも幅広く使われたという。しかし、アイヌが和人の下での生活を余儀なくされ、伝統的な生活を禁じられたことにより、徐々に伝承されにくくなった。現在アイヌ語は、高齢のごく一部の人のみが家庭内で言葉を伝承された記憶をもつという状況に陥っている。

しかしながら、これが必ずしも言語の消滅を指すわけではないと藤田さんは述べる。国境を越えた先住民同士の交流に刺激を受け、蓄積されたアイヌ語の記録を活かしながら、新たにアイヌ語を身につけようとする動きが若い人たちの間に広がっている。

ニューメディアを活かして

藤田さんは、大学生が少数言語を守るための活動を行っていることを知ってもらいたいとも強調した。元塾生の関根摩耶さんが、SFCでの在学当時同級生と協力し、若い人が日常で使用しやすいアイヌ語などを教えるユーチューブチャンネル「しとちゃんねる」を開設した試みは、義塾内の塾長賞やSFC Student Awardを受賞するとともに国立民族学博物館の展示にも取り上げられた。

藤田さんは、この活動をアイヌと和人の学生による協働という点でかなり貴重だと評価する。

多言語主義と湘南藤沢

湘南藤沢キャンパスが言語教育を重視する背景として、創立以来掲げてきた「多言語主義」がある。英語とスペイン語、アラビア語、日本語などを同等な位置で扱うカリキュラムはもとより、日本語以外の言語が必ずしも全ての塾生にとって「外国語」であるわけではないことを見据え、「外国語」という言い方自体を避ける動きも出ている。

その一方で「グローバルな共通語や隣国の言語以外の言語についての取り組みは、世界全体でその重要性が認識されているにも関わらず、まだまだ心もとない」と藤田さんは述べる。

多様性のある社会へ

藤田さんの授業のシラバスには「人種差別行為は禁止」と書かれている。これはどういう意味をもっているのか。藤田さんは、アイヌを貶める言葉が民放テレビで流された事件を挙げながら、様々な形でセンシビリティーの欠如がマイノリティーを傷つけるかもしれないと語った。そして、SFCでは件の民放番組による差別発言検証の取り組みにも協力してきているという。
また、少数言語の研究においては、複数の領域での「力の非対称性」に気を配ってもらいたいという。例えば、先住民のことに取り組むことが、同時に男女格差を拡大させないように気をつけなければならない。例えば、男女という二分法によるジェンダー代名詞を使い続けていいのかという「包摂的言葉づかい」の問題は、スペイン語のようなグローバルな強い言語でも先住民言語でも問い直され始めている。

このように「言語の観点」から多様性と複数性をめぐる様々な事柄を考えるきっかけが得られるのだと、言葉を担当する研究者として藤田さんは伝えていきたいのだという。

(朴太暎)