17世紀フランスの悲劇作家として名高い、ジャン・ラシーヌ。

彼の代表作の一つ『アンドロマック』(浅利慶太演出)が、10月22日(土)から29日(土)まで、東京の自由劇場にて上演される。今回は浅利演出事務所に伺い、本作品の稽古の様子を取材した。(稽古場の様子はこちらから)

稽古後、エルミオーヌ役を務める坂本里咲さんと、オレスト役を務める近藤真行さんに、役作りや今作の見所について話を聞いた。

坂本里咲さん【エルミオーヌ役】

――今回の作品はストレートプレイですが、ミュージカルとの違いはどこにありますか?

ミュージカルは、音楽の力で場面が動きますが、ストレートプレイでは自分たちの紡ぐ言葉のエネルギーで物語を動かさなければならないと思っています。そこが面白さでもあり、役者にとって大変な部分でもありますね。

 

――通し稽古の後に、出演者の皆さんでいくつかの言葉について、発音の仕方を細かく振り返っていたのが印象的でした。演技は話し合いながら決めていかれる部分もあるのですか?

もちろん演出は、浅利先生が遺したものに沿っています。それを今回の公演の演出を担う野村さんがチェックします。しかし一つ一つの台詞は、キャストそれぞれが「折れ(=台詞の中に現れる、登場人物の意識の切れ目)」はどこかを考えながら声に出しています。誰かの「折れ」が演出と合わないのではないかと感じたら、野村さんを中心に話し合いながらより良いものを目指しています。

 

――次に、役作りについてお聞きします。今作はラシーヌの作品が原作ということでしたが、フランス古典ならではの演じにくさはありましたか?

登場人物が王や姫であるという点は、私たちと大きく違う部分ですよね。その背負っているものやスケール感などは想像のしにくいところはありますが、実はエルミオーヌの「愛する」「生きる」という姿勢は、現代の私たちが体験するものとそんなに違わないと思います。

浅利先生は、ラシーヌの長台詞を「千々に乱れる物思い」と表現されていましたが、日常でも私たちは嬉しかったり、悔しかったり、さまざまな思いをしながら生きていると思います。なので、演じにくさというよりは、むしろ人間の根本を表出できることに楽しさを感じていますね。

稽古場での坂本さん

――エルミオーヌを演じるにあたって、特に意識されていることはありますか?

彼女はとても激しく情熱的な性格を持っているので、「人を憎む」「愛する」という行為に対して、その極限状態にいるのだと思います。彼女の、そのまっすぐな生き方の魅力や凄みを表現できればと思い、稽古に励んでいます。

 

――今回『アンドロマック』は再演という形になりますが、過去の同作を踏まえて、感じられることはありますか

『アンドロマックに出演するのは今回4度目になるのですが、この浅利演出の初演キャストは市原悦子さんをはじめ、日本における演劇のひと時代を築いた凄い方々だったんです。音源や映像は残っていないのですが、当時は大きな話題となり、高い評価を得たことから、「伝説の舞台」と言われていました。そのような作品なので、最初は演じ方に悩む部分はありました。私も年齢を重ね、理解が深くなっている気がしますので、今回はより奥深い人間ドラマとして届けたいですね。

 

――最後になりますが、坂本さんから見た今作の見所を教えていただきたいです

登場人物たちは、人間の本能的な感情と宿命の狭間で、不条理な思いと闘いながら生きています。それは現代にもきっと通じるものです。「人間の生きる力」とそのエネルギーの大きさを感じていただけたら嬉しいです。

【プロフィール】坂本里咲さん

高校3年生での『オンディーヌ』観劇をきっかけに、1982年劇団四季附属研究所入団。ミュージカルとストレートプレイ双方で活躍。可憐なヒロインから、ヒロインと対峙する役所まで、幅広い表現と存在感を持つ。2015年に劇団四季を退団し、浅利演出事務所を拠点に。出演の傍ら後進の育成に取り組んでいる。

 




近藤真行さん【オレスト役】

――オレストを演じるにあたり、どのようなことを意識されていますか?

台本をもらった当初は、ギリシアの武将で、総大将の息子というオレストと自分には共通する部分は一つもないのではないかと思いました。加えて言葉の難しさもあり、彼がどのような人間なのか掴めずにいましたね。しかし、何回も読むと、「この人も自分と同じ、人間なんだ」と感じるようになりました。

恋をして、傷ついて、それでも好きで。彼の持つ人間の根底の部分を糸口に、自分と同じ部分がないか探しながら演じていますね。彼はとにかく一途なんです。僕にも似ている部分があると思いますよ(笑)。

 

――オレストが激しく感情を吐露する終盤のシーンが印象的だったのですが、同場面を演じる難しさはありますか?

人が狂うまでの感情の高ぶりを表現するためには、すごく想像を膨らませなければならず、まずそこが難しいですね。それだけでなく、ストレートプレイなので、お客様に言葉で物語を伝えなければならない。精神面の表現と言葉の両立が一番難しいシーンです。

稽古場での近藤さん

――近藤さんは、同じ作品で王・ピリュスを演じたことがおありですが、その時に見ていたオレストと、ご自分で演じるオレストの見え方は違いますか?

もう、全然違いますね。前回は王の役で、それこそ気持ちを想像するのは難しく、王の立場に比べたら、使者であるオレストのことは客観的にわかっているつもりでいました。自分の意見をオレスト役の俳優に伝えたことも何度もありましたよ。しかし、今となってはなんて浅はかだったのだろうと思いますね。

前回は、オレストは「女々しい人」なのかなと思っていたんです。女性に翻弄されているイメージだったので。でも、今は「愛する人に一途である部分」は本当に男らしいと思っています。

 

――今作の見どころを教えていただけますか

まずは、セットの壮大さと、「朗誦術」が織りなす美しい言葉ですね。

そして、今回の古典劇は、言葉だけで伝えるとても「シンプル」なものです。最近は、古典劇を現代風にアレンジしたものがあり、それも素敵ですが、古典劇らしい世界観で伝えることはすごいなと改めて感じていますね。シンプルな中で語られる、詩的な表現を楽しんでいただきたいです。

『アンドロマック』の舞台セット(提供=浅利演出事務所)

――現在、将来やりたいことを模索している読者も多いです。近藤さんが演劇の道に進まれた経緯を教えていただけますか?

出身地である熊本の高校を卒業後、映画俳優の専門学校に入学ました。芝居の勉強はその時が初めてです。その後、劇団四季に入団し、数年活動したのちに退団して今があるという流れです。

 

――演劇の道に進まれたきっかけはありますか?

実はもともと、お笑い芸人になりたかったんですよ。でも、友人に頼まれてお芝居の専門学校を探すのを手伝っているうちに「芝居って楽しそうだな」と感じ、結局映画の専門学校への進学を決めました。

熊本では舞台に触れる機会がなかったのですが、専門学校に入り、初めて劇団四季の『美女と野獣』を鑑賞し、衝撃を受けました。ちなみにベル役は(坂本)里咲さんで、本当に素敵な舞台でした。3年生時には、『ウエストサイドストーリー』と『クレイジー・フォー・ユー』の学校公演で舞台を作り上げる経験をし、そこで舞台の虜になりました。

 

――劇団四季を退団されて変わったことはありますか?

劇団四季に入ったのは、日本で一番大きい劇団の演出を受けたいという想いからでした。なので、劇団で浅利先生を初めて見た時は感動しました。最初は後ろの席で話を聞くことが多かったのですが、「いつか最前列で話を聞きたい」と思ったんです。

劇団を退かれた浅利先生が演出事務所で引き続き公演のプロデュースと演出をされていたので、そこに参加させてもらい、念願の一列目で教えを受けることができたことが嬉しかったですね。浅利先生に教わった「シンプル」なお芝居は、どの現場でも通じるものだと感じています。

【プロフィール】近藤真行さん

2014年劇団四季入団。劇団四季退団後、数々の浅利慶太プロデュース公演に出演。『ミュージカル李香蘭』杉本をはじめ、主要な役を演じている。『アンドロマック』には、2018年にピリュスとして出演している。芸術企画団体「一茶企画」副代表。

 

 

終始和やかな笑顔で語ってくれた2人。2人が共通で口にした、「人間の根底の部分」がストレートプレイの中でどのように表現されるのか、是非確かめてみてほしい。

 

西室美波


『アンドロマック』

日時:2022年10月22日(土)~10月29日(土)

場所:自由劇場(〒105-0022 東京都港区海岸1-10-53)

チケット:全席6,600円(税込)

主催:浅利演出事務所/協力:劇団四季

公演の詳細はこちらから