「なぜよりによって今日電車が遅延しているんだ」とか。「楽しみにしていた旅行の日に限ってどうして大雨なんだ」とか。私たちはいつも自分の「つき」の無さを嘆きながら生きている。「運も実力のうち」などと言われれば嫌気がさすものだ。そんな僕らが読むべき本がここにある。

 

『マリアビートル』

伊坂幸太郎の超人気「殺し屋」シリーズの第2弾として2010年に発表された。2022年9月1日に公開されるブラッド・ピット主演のハリウッド映画『ブレット・トレイン』の原作としても話題沸騰中である。

 

物語の舞台は東京から盛岡に向かう東北新幹線の車中。殺し屋たちが繰り広げる命を懸けた戦いの物語である。この小説の何よりの魅力は、生き生きとしている殺し屋たちのキャラクターだ。とにかく運が悪く気弱な殺し屋「天道虫」。きかんしゃトーマスが大好きで自由気ままな「檸檬」と小説が好きで几帳面で頭の切れる「蜜柑」。幼い息子の仇討ちに来た元殺し屋の「木村」。そして、優等生を装い人を操ることに快感を覚える中学生「王子」。個性的で愛くるしくさえある殺し屋たちそれぞれの目線から、ストーリーが描かれ進んでいく。誰に感情移入して読んでも楽しめるほどに、殺し屋たちそれぞれのキャラが魅力的だ。緊迫した駆け引きと思わず笑ってしまう軽妙な会話が織り成す伊坂ワールドの虜になるのは間違いない。

タイトルの「マリアビートル」とは「天道虫」を意味する。運の悪さから「天道虫」と呼ばれ、からかわれている殺し屋の「七尾」は本当につきがない。東京駅で新幹線に乗車し、約15分後に上野駅で降りるという簡単な仕事のはずが、運の悪さによって思わぬ展開に巻き込まれてしまう。次第に自分が業界の大物を相手にしていたことが判明し、絶体絶命の危機に追い込まれていく。

 

日本人作家の作品がハリウッドで映画化されるのはかなり珍しい。しかしながら、伊坂幸太郎作品は以前からファンや評論家の間でハリウッド進出を望む声があった。非常に規模が壮大で展開が目まぐるしく、伏線回収が巧みであることが伊坂ミステリーの魅力の一つである。だが、注目すべきはこれほど壮大なストーリーの終着点が、とても「ささやか」であることだろう。小さなエンディングが一部の登場人物だけに密かに訪れ、それまでの展開の激しさとは対照的にそっと読者に明かされる。伊坂作品は我々が普段見逃して生きてしまっている「ささやかなもの」の存在に気づかせてくれるのだ。運が悪いからこそ受け取れるものがある、不器用だからこそできることがある、などというように、普段は無価値だと切り捨てられてしまうマイナスなものを肯定する言葉が自然と湧き上がってくる。

単なるスリラーでもコメディーでもない本書がどのように映画化されたのか。時間のある夏休みの機会に、映画と合わせて原作を味わってみてはいかがだろうか。

 

野宮勇介