情報が溢れかえる現代に、1つの危機が迫っている。フェイクニュース問題だ。昨今のウクライナ情勢でも危険視されるこの問題に向き合うべく、「いち市民としてフェイクニュースにどう向き合うか、必要な知識や視座を提供する」ことをテーマに本紙で連載を開始する。
初回は「フェイクニュース」とは何か、その意味の歴史とともに正しい認識の獲得を目指す。
混沌の表現「フェイクニュース」
「研究者や実務家の間では、フェイクニュースという表現を使わない方がよいという見解でほぼ一致している」。こう語るのは、認定NPO法人ファクトチェック・イニシアティブ事務局長の楊井人文氏だ。まず大前提として、フェイクニュース問題を扱う上ではその意味を明確にすることが不可欠になる。今日的な「フェイクニュース」は広義で曖昧な言葉になっている。
その意味を大きく二つに分けると、「誤情報」と「偽情報」になる。誤情報は文字通り「誤った情報」を指し、偽情報はなかでも特に意図的なものを指す。または意図的かどうかで両者を明確に二分する考え方がある。いずれにせよ、「フェイクニュース」という言葉には、単に誤った情報と、悪意のあるデマという意味合いが混同している。楊井氏はこの曖昧さに危険性があると指摘する。
「フェイクニュース」の変遷
この単語が大きく注目されたきっかけは、2016年米大統領選だ。トランプ氏が自身に否定的なメディアを「フェイクニュース」と呼び、ニュースの信頼性を低下させた。また、ネットを中心に多くの偽情報が広がり社会問題となった。こうして「フェイクニュース」が大々的に報じられた。
そもそも現在使われている意味は、2016-17年頃の本来的なフェイクニュースの意味と異なっている場合がある。イギリスのコリンズ英語辞典は2017年の単語に「Fake News」を選出した。ここでの定義は「ニュースを装って拡散される、誤った、しばしば煽情的な情報」とされている。注目すべきは「ニュースを装って」という部分だ。この時期、あたかもニュースサイトに見せかけた偽装サイトがネット上で大量発生し問題となった。本来のフェイクニュースはこのような、偽情報の中でもとりわけニュース報道を装ったものを指す言葉だった。その意味に加え、トランプ氏の登場をきっかけに、政治家が気に入らないニュースメディアを攻撃する文脈のなかでも使うようになった。
元々「フェイクニュース」はそうした都合の悪い情報を否定したり、ニュースを攻撃したりする意図を含んだ言葉だと留意する必要がある。
日本における展開
一方、日本では異なる広がりを見せた。日本で海外のようなニュースの偽装サイトは少なく、意味を当てはめる事象にずれが生じた。例えば2016年熊本地震でのライオン脱走デマなどに合わせて単語が輸入され、デマと同じような文脈で「フェイクニュース」が使用されるようになった。世界的にも偽装サイトは数を減らし、現在では、誤情報、偽情報を指す言葉として定着した。
今日では、日常的に「フェイクニュース」という言葉が浸透している。しかし、不用意な乱用は意図せず相手を攻撃してしまう場合や、誤解が生じる可能性がある点を十分注意しなければならない。本連載ではネットを中心に広がる誤った情報を主として扱い、「フェイクニュース」に代えて、意図的なものも含めた「誤情報」と表現する。
誤情報の広がり
現在誤情報の拡散は、ネット上を中心としている。この背景には、誰でも情報が発信できるようになった上、SNSの持つリツイートやシェアの機能によって情報の拡散が非常に容易になったという要因がある。誤った情報が発信されること自体はとても自然なことであり、多くの情報が流れるなかでは当然のことともいえる。しかし拡散が容易になったことで、誤情報が簡単に広がり力を持つようになった。
誤情報のまん延を防ぐためには、誤った情報が拡散しないような仕組みづくりや、個々が拡散前に一歩立ち止まって考えるという姿勢が重要になる。それぞれが、情報発信には誤りがつきものであるという認識をもち、自分が信じていることが間違っている可能性を留保しておく意識が必要だ。もし誤った情報を拡散してしまったことに気づいた場合は、拡散を取り消し、訂正の対応をとることも大切になる。
これからに向けて
ウクライナ情勢関連で日本にも多くの誤情報が流れ込んでいる。誤訳に起因するものや、過去あるいは全く無関係の画像を現在のウクライナの情報としてミスリードするものなど、その種類は多岐に渡る。なかにはディープフェイクと称されるAIを用いた高度な加工動画・画像まで登場した。
SNSの普及で圧倒的に情報が拡散しやすくなった。誤情報の蔓延は民主主義の危機でもある。私たちはその現状や対策、今後何が必要かを正しく知り考えなければならない。
第2回は対抗策として有効視される「ファクトチェック」に迫る。
(乙幡丈翔)