若い女性の患者が多い子宮頸がん。がんの原因となるヒトパピローマウイルスの感染予防には、HPVワクチン接種が効果的とされる。昨年11月、HPVワクチンの有効性・安全性が再確認され、積極的な勧奨が差し控えられる状態が終了した。今年4月からは定期接種と共に、機会を逃した人が対象のキャッチアップ接種が始まる見通しだ。HPVワクチンの効果や接種勧奨の再開について、慶大医学部産婦人科学教室の吉浜智子助教に話を聞いた。

(吉浜智子助教=慶大病院HPより)

子宮頸がんは、女性の子宮頸部にできるがんで、ヒトパピローマウイルス(以下、HPV)に感染することで発症すると考えられている。HPVの主な感染源は性的接触であり、性交渉によって性器の上皮や粘膜に細かい傷が付くことで、ウイルスが侵入する。HPVが関連しない子宮頸がんもあるが、極めてまれだ。

HPVの感染を予防するにはHPVワクチンの接種が有効だ。HPVワクチンには2価・4価・9価の3種類があり、それぞれ3回接種を行う。過去の研究から、接種によりHPVへの感染と、がんの前段階の異形成になるリスクを減らせることが報告されている。2020年に発表された、スウェーデンの女性約160万人を対象とした研究によれば、4価ワクチンを接種した人はがん発症リスクが63%減少。HPVワクチンが実際に子宮頸がんそのものを減らすことが、国家規模で初めて明らかになった。

日本では、2013年4月からHPVワクチンの定期接種が開始されており、12~16歳の女性は2価または4価のHPVワクチンを無料で接種できる。だが、接種後に体の痛みや運動障害を中心とした有害現象の報告があり、マスコミでも報道されたことから、国は2013年6月に積極的な接種勧奨をストップ。以後、専門家による度重なる検証を続けてきた。ワクチンの有効性が有害現象のリスクを大幅に上回ること、有害現象発生時の連携医療機関の整備をはじめ、情報提供体制が確立されたことなどを理由に、昨年11月、積極的な勧奨が差し控えられる状態が終了した。

 

接種勧奨の再開に吉浜助教は、「やっと日本はここまで来た」と安堵するも、「積極的な接種勧奨が控えられていた9年間に、外国と大きく引き離されてしまった」と嘆く。WHOも全世界のHPVワクチン接種率9割を掲げているが、日本が追いつくまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。吉浜助教は、現在も多数の若い女性が子宮頸がんを発症していることに触れ、「ワクチンを接種したことによるメリットは見えづらいが、20~30代で子宮を摘出することになった人の苦しみを知ってほしい」という。

今回の国の方針転換に伴って、積極的な勧奨が差し控えられ、不利益を被った世代に対してキャッチアップ接種が実施される。平成9~17年度生まれの女子が対象で、今年4月から3年間、無料で接種を受けられる見通しだ。HPVワクチンは性交渉を行う前に接種を済ませるのが望ましいため、「キャッチアップ接種は通常の対象年齢に比べて効果が弱まるが、やはり一定の効果は期待できる」と吉浜助教は話す。

忘れてはいけないのが、子宮頸がんはワクチン接種だけでは防げないことだ。初期のがんは自覚症状がほとんどなく、気づいた時には進行していることも多い。20歳以上の女性は2年に1度、子宮頸がん検診を受けることが推奨されている。「ワクチン接種の有無にかかわらず、定期的に子宮頸がん検診を受けることが大切だ」と吉浜助教は強調する。

HPVワクチンは女性だけでなく、男性にとっても中咽頭がんや肛門がん、尖圭コンジローマなどHPV関連疾病を予防する効果があることが報告されている。諸外国の中にはすでに、男性にもワクチンの公費補助を取り入れている国もある。吉浜助教は、「HPVワクチンは女性だけの問題ではない。男性も接種すれば、将来パートナーががんで苦しむリスクを減らせるかもしれない。誰もが自分事として考えられる世の中になってほしい」と語る。

「HPVワクチンを接種するか考えることは、自分の身体について立ち止まって考えるきっかけになる」と吉浜助教。HPVワクチンの接種や接種の相談をきっかけに、かかりつけの産婦人科医を作ってみるのもよい。社会人になると忙しさから健康のことをおろそかにしてしまいがちだ。「男女問わず、学生のうちにヘルスリテラシーを身につけてもらいたい」と力強く語った。

慶大の女子学生もほとんどがキャッチアップ接種の対象年齢となるだろう。接種するか否か、正確な情報を得て家族や医師と話し合うことで、自分の身体と向き合うきっかけにしてはどうだろうか。

 

菊地愛佳