慶應義塾を創始した福澤諭吉。著名な人物ではあるが、福澤の業績や思想、人生観について詳しく知っている人はどのくらいいるのだろうか。今回は、慶應義塾福澤研究センターの西澤直子教授に、福澤が実際にどのような人物であったのか話を聞き、「福澤諭吉の人物像」について迫った。
慶應義塾の基本精神「独立自尊」。自他の尊厳を守り、何事も自分の判断・責任のもとに行うことを意味するこの言葉は、福澤の精神に基づいているという。福澤がこのような思想を形成したのは、留学をして外国の文明を知ったことが大きいのだと西澤教授は語る。
「植民地化されるということがどのようなことなのかを知り、日本の社会を見つめ直した時に「独立」が重要だと考えた福澤は、経済的に自立をすることが精神的な自立につながり、その両方がなければ本当の意味で自立ができないということを塾生に向けて説き続けました」
そんな福澤が特に強調したのが「経済的な自立」なのだという。どれだけ勉強して、どれだけ知識を蓄えたとしても、衣食住を自分で手に入れることが出来なければ「自立」をすることはできないと福澤は考えた。
「初期の塾生は、武士が多く、江戸時代の感覚をひきずっていて、生産的な活動を行う意識が低かった。社会の中で最も知識の蓄えがある士族が大きく変わらない限り、世の中も変わっていかないと考え、経済的自立の重要性を訴えました」。こういう背景もあり、当時の塾生に一番響いた言葉が「一身独立」であると西澤教授は説明する。
一方で、当時の塾生に響かなかった言葉は「男女平等」であるという。福澤が女性の社会進出に貢献した人であることはあまり知られていない事実である。福澤は『学問のすゝめ』の中でも、男女平等を説くなど、女性の地位向上にも経済的な自立が欠かせないと考え、衣服仕立て局を作り女性のための仕事場を提供するなど女性の社会進出に貢献した。
さて、福澤の数ある著書の中でも特に有名な『学問のすゝめ』の「学問」とは何を指しているのだろうか。西澤教授によると、この「学問」とはただ勉強するだけでなく、人との交際や、生きていくために必要な情報、知識を示しているという。
「福澤は情報を独占するのではなく、みんなで共有して新しい社会を作っていこうとした。『学問のすゝめ』は人々の立場に立って非常に分かりやすく具体的なことが書かれているが、その中でも特に第14編「心事の棚卸」は塾生にぜひ読んでほしいです」と西澤教授。
第14編では、今まで自分が何をしてきて、今後は何がしたいのか、また何が不足し何が余っているのかを、お店や会社が在庫を確認するように、心の棚卸をして一度立ち止まって考えるべきだと書かれている。『学問のすゝめ』は生きていくためのヒントがたくさん隠されていると西澤教授は説明する。
「学問のすゝめ」の冒頭にある文章、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり」はとても有名で本書を読んだことがない人でも一度は耳にしたことがあるだろう。この文は、新しく明治時代になった今、生まれながらの差はないけれど、各自の努力、学問とどう向き合うかで差が出てしまうという意味だという。
では、「学問」の必要性を説いた福澤が創始した慶應義塾とはどのような学校なのか。西澤教授は次のように解説する。
「福澤は『僕は学校の先生にあらず、学生は僕の門人にあらず』と言っているように、教師と生徒という関係ではなく、共に学びあう仲間であるという考え方を持っていました」。
教える立場にある人は生徒より少し先を進んでいるだけであり、到達点はなく、常に学ぶ必要はあるのだ。
「他人に教えることにより、自分に何が足りないかが分かってくる。そうやって勉強していく所が慶應義塾でした。広く人びとに開かれた学びの場を福澤は作りたいと考えていました」
コロナ禍の現在、思うようにいかないことが沢山あるかもしれない。そんな状況だからこそ、改めて学ぶことの意義、「学問」について考えてみてはどうだろうか。
(横山真緒)