5月28日、「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律案」(以下、新法)が参議院にて、全会一致で可決された。新法には教員による児童や生徒へのわいせつ行為をなくすため、わいせつ行為で懲戒免職となり教員免許を失効した人に再び免許を与えるかどうかを各都道府県の教育委員会が判断できるようにすることや、教員免許を失効した人のデータベースを国が整備することなどが盛り込まれている。6月4日の公布から1年以内に施行される。教育現場の性暴力の実態や今後の課題について、現職の警察官僚でもある、総合政策学部小笠原和美教授に聞いた。
現行の教育職員免許法は、わいせつ行為などで懲戒免職・解雇となり、免許を失効しても、3年経てば再取得できるとしている。新法には、性暴力による免許失効者への再交付は、審議の対象となることが明記された。都道府県教育委員会は、専門家らによる「教育免許状再授与審査会」の意見を聞いて、免許の再交付の可否を判断できるようになる。
また、教員免許を失効した人の氏名や理由を共有するデータベースを国が整備することなどが盛り込まれた。新法の成立で、わいせつ行為によって懲戒免職になった教員の復職は極めて難しくなる。
新法は一定の答え
昨年、文科省はわいせつ行為による懲戒免職処分を受けた教員が、免許を再取得できないようにする教育職員免許法の改正を検討していた。しかし、憲法が保障する職業選択の自由などが壁になり、1月の通常国会への法案提出を見送った。
こうした中、自民・公明両党の作業チームは、わいせつ行為で免許を失効した教員を再び教壇に立たせるべきでないとして、野党側とも協議して議員立法の案をまとめた。「議員立法でこのような法律ができたことは高く評価したい」と小笠原教授は語る。
小笠原教授は、新法を四点から評価する。一つ目に、教職員の性暴力を禁止すると明言したこと。二つ目に、復職できない年月のみの規定ではなく、地方公共団体や学校設置者に性犯罪の対策を講じるよう求めたこと。三つ目に、保護者を含めた被害者を支援する責務をそれらに課していること。
そして四つ目として、わいせつ行為による懲戒免職者が再び教壇に立てることに対する、国民の不信感に一定の答えを出せたことだ。
残る検討事項
新法には課題も残る。第一章第2条の教育機関の基準が限定的であることだ。「既に事件が発生している保育園やベビーシッター、学習塾やスポーツの指導者などが対象となっていない。習い事、学童保育などの場所で子供たちに接することをなりわいとする人々はたくさんいる。この人々の雇用に関わる制度をこれから検討していくべきだが、所管省庁が様々なので、縦割り行政の壁を破ることが肝要だ」と関心を寄せる。
照会制度の検討を述べた、附則第7条2項はこれに関連する。今回データベース化されるのは、懲戒処分対象となったわいせつ行為のみであるため、犯罪歴などを確認できない。こうした懸念点は「日本版DBS(DBSとは、英国にて発行される無犯罪証明書のこと)が一つの答えになりうる」と話す。
もう一つの課題は保護者の対応だ。性被害は表に出にくい特徴があるが、特に子供が被害に遭った場合、保護者の対応がその事案の行く末に大きな影響をもたらす。保護者が表沙汰にすることを望まず、示談金で和解することもないとは限らない。そうした場合は、新法の適用外となる。
調査は予防教育の一環
報告されている性被害は氷山の一角という指摘もある。「新法に調査や予防教育の実施が含まれていることはとても良い」と教授は語る。
対策の一つとして「性被害に関するアンケートを年に複数回実施することが挙げられる。神奈川県教育委員会では、数年前から、県立学校の生徒及び教職員を対象として、年に一度、セクハラに関するアンケートを行っている。被害実態が明らかになるとともに、個別の指導や注意喚起にもつながっており、一定の成果が上がっている。
学校を挙げてのアンケート実施は、性被害を発見するだけでなく、わいせつ行為を潜在的に企図している大人を牽制することもできる」と教授は話す。アンケートを通じて、子供に「性被害」とは何かを教え、また実際に被害に遭った場合に声を上げるよう呼びかけることで、性被害の啓発も可能になる。
教育現場での性被害は、先生という絶対的立場を利用し「先生との秘密」や「他の人に言ったら、学校に来られなくなる」といった、脅し文句をちらつかせる場合も多い。しかし、こうした啓発活動を続けることで、子供からの告発を増やすことができると期待する。
性犯罪抑止のポスターなどを学校に貼ることも子供を守るために有効である。学校を挙げて、性被害の認知向上を目指していくことが肝要だ。
性被害予防教育の動向
文科省は、今年度より、子供たちを性暴力の当事者にしないための「生命(いのち)の安全教育」を提唱している。学齢別の指導案や授業資料も用意し、HPで公開した。
しかし、教育現場は混乱しているようだ。「日本の性教育には、国際標準である性的な自己決定の権利の説明など性暴力予防の要素が全く含まれていない。今回の文科省の動きは、昨年6月に政府が出した『性犯罪・性暴力対策の強化の方針』(内閣府他4省庁)が契機となったが、ようやく、という感がある。他方、文科省が今般示した指導案は、学習指導要領外のため、どの時間で授業するのか示されておらず、各学校の裁量に任されている。また、就学前の幼児期の子供たちへの指導をどこが担えばよいのか」と教育・保育現場の声を小笠原教授は代弁する。「新法は、地方公共団体にも対策を講じるように求めている。文科省の資料を活用しながら、学校に限らず、子供の養育に関わる機関で性暴力予防教育を進めていってほしい」と呼びかける。
教授は「学校での教育を通じて、保護者への啓発にもつながることを期待している」という。子供からわいせつ行為の訴えがあった場合、保護者が「忘れるように」と言って、記憶に蓋をさせることは、後々、トラウマとなって表れることがある。「子供には回復力がある。性被害は表に出にくいが、早期に専門家によるエビデンスのあるケアを受ければ、心理的なダメージから回復することができる。思春期になると性に関する話題は避けがちであるため、幼少期のうちに、体のどこを守るべきかということや、SOSを求めることの大切さを知ってもらいたい」と話す。
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