今年の7月に起きた京都アニメーション放火事件。35人の尊い命が奪われた。事件発生から40日後、京都府警によって全被害者の身元が公表された。これを受け、報道機関は実名を報じた。被害者の遺族の一部や京都アニメーションは、公表を拒否する意向を示していたことから、一連の報道に対し非難の声が上がった。
氏名とともに「おことわり」を掲載し、実名報道の意義や方針を述べる報道機関も見られた。各社で共通しているのは、正確な事実、事件を共有し社会全体の教訓とするために必要だということである。このような使命を全うするために、プライバシーや遺族感情に配慮しながら、実名報道の原則を維持してきた。だが、世間とマスコミとの間で意識の乖離が感じられる。
「名前が見える」情報は、正確性が担保された形で受け取られる。しかし、一度ネット上に出た情報は独り歩きを続ける。報道機関だけでなく、私たちにもモラルが問われるだろう。二次被害に発展させないためにも、技術や社会が変化するように、報道のあり方も見直していく必要があるのではないだろうか。
(石嶺まなか)