前編に引き続き、林雅人・慶應義塾體育會蹴球部監督(以下林)インタビューをお届けする。後編では、昨年露見した種々の課題克服に挑んだ慶應の今季の取組み、現在のチーム状況、成長株や今後期待の選手、そして少し視野を広げて大学外のラグビーについても伺った(インタビューは2009年9月4日に行われた)。

慶應にとってはまさに「出色」の出来であった、夏合宿の明治大学Aとの練習試合(2009/8/18、○46-12)。フルバック(FB)で先発出場を果たした小林俊雄(写真中央、経3)の後半開始早々、電光石火のトライは、明治の息の根を止めるのに十分すぎる一発だった【安藤貴文】

――実際に、ここまでのチームの仕上がり具合は?

林 非常に順調ですね。徐々にチームにも「ナチュラルラグビー」が浸透してきましたし。ひとつの現象として、先日の夏合宿の明治大学A戦(2009/8/18、 ○46-12)、前半に3トライ奪取したんですけど、この3トライを取るまでの秒数がそれぞれ45秒、60秒、65秒。フェイズで言えば4次、6次、7次といういずれも長いフェイズだったんですよ。そして、3トライはすべてフロントローの3人(PR川村慎、HO高橋浩平、PR廣畑光太朗)が取った。こういうラグビーをしよう、と今年はずっと言ってきてまして。ラグビーにおいて、ひとつのプレーっていうのはおおよそ40秒以内で、今年の春季の試合を分析してみても分かるんですけど、慶應がトライを取ったのも取られたのも、ほぼ40秒以内なんです。だから、プレーがポッと始まってから40秒間、練習では余裕を見て60秒間、周囲の状況を適宜判断しながら集中してプレーすることが大切なんだよと、今年の(山梨・山中湖での)夏合宿で選手には口酸っぱく言って聞かせてきました。


――
先ほど(前編で)監督が仰っていた、「判断力」の部分にも繋がってくる話ですね。
林 そうです。今年の夏合宿は、相手の強いプレッシャーに晒された中での、選手個人の状況判断能力を養うという目的を持って、メインテーマを“au(accuracy under pressure、強度の中の精度)”と設定したんですけど、そのサブタイトルは“c40s(concentration 40seconds、40秒間の集中)”でした。改めて、明治戦の前半の3トライを振り返ると、トライまでの間にシェイプ(型)があって、ゲインするためのスパイスがあって、最後フロントローが相手を振り切ってトライしている。トライまでの時間は45~65秒。あの明治戦の前半の3トライは、良き判断と集中、そして選手皆の意図がしっかり組み合わさったもので、トライまでが非常にスムーズでしたよね。


――今年、春季から夏合宿を経て、選手個人に成長は見られましたか?

昨年1年間のジュニアチームでの「雌伏」の期間を経て、今や押しも押されもせぬ慶應のエースへと成長した三木貴史(写真右端が三木)【安藤貴文】
昨年1年間のジュニアチームでの「雌伏」の期間を経て、今や押しも押されもせぬ慶應のエースへと成長した三木貴史(写真右端が三木)【安藤貴文】

林 まずはロック(LO)の栗原大介(総2)ですかね。元々ナンバーエイト(NO.8)の選手なんですけど、突破力を兼ね備えているので、LOに上げてみたんですが正解でした。同じくNO.8から上がってきた村田毅(環3)も成長したと思います。あと、今はリザーブですけど、スクラムハーフ(SH)の古岡承勲(経3)。昨年の日本体育大学戦(2008/9/6、●19-24)の時はまだまだでしたけど、今はレギュラーの藤代尚彦(環4)に肉薄してますね。アタックとランに関しては、寧ろ古岡の方が良いくらい。1本目で出してもまったく遜色ないです。それと、ウイング(WTB)の三木貴史(経3)なんかは、成長云々ではなく、もはやチームのエースですよ(笑)。


――では今後、一層の成長を期待する選手は?

今年度、従来のフルバック(FB)からSOへとコンバートされた和田拓(写真左)。「SOのゲームコント��ール如何で、ゲームはガラッと変わりますから��。彼のSOとしての一層の成長に期待してます」(林監督)【安藤貴文】
今季、従来のFBからSOへとコンバートされた和田拓(写真左)。「SOのゲームコントロール如何で、ゲームはガラッと変わりますからね。彼のSOとしての一層の成長に期待してます」(林監督)【安藤貴文】

林 スタンドオフ(SO)の和田拓(法政3)ですかね。彼には今年から正式にSOになってもらいましたけど、どんどんプレーが良くなってきてるんですよ。今後実戦を数多く積む中で、チームがピンチに陥った時に、如何にチームを勇気づけるゲームコントロールができるか、そこのあたりを注視していきたいと思っています。


――
彼は昨年の関東大学対抗戦の立教大学戦(2008/11/9、○54-0)で、直前にケガをした川本祐輝(’08年度卒、現NTT コミュニケーションズシャイニングアークス所属)に代わって急遽SOとして先発出場しましたが、あの時、監督も「川本とは違う良さがあった」という風に試合後述べられていました。
林 そうでしたね。あの試合は特に選択肢を絞ってあげないと、和田自身が混乱してしまうということもあって、サインを絞ってアタックという、まさに「ナチュラルラグビー」をやらせたのですが(笑)。でもあの時と比較しても、今の方が全然良くなってますよ。


――
具体的には、どのあたりが成長したと?
林 ラインを引っ張れるようになった、っていうことでしょうか。フラットなパスを放ることが出来るようになりましたし、何よりゲームの動かし方に進歩が見られます。SOは主に攻める方向、フォワード(FW)とバックス(BK)、そしてキックとランのコントロールの3つを担うわけですが、彼の中でその部分のレパートリーが格段に増えてきているし、判断の精度も上がってきていますね。


――
チーム戦略が「モーションラグビー」から「ナチュラルラグビー」に変われど、林ラグビーではSOがチームの軸というのは変わらないのですか?
林 そうですね。SOのゲームコントロールって影響大きいですよ、やっぱり。例えば、ウチの看板であるWTB三木貴史、NO.8小澤直輝(総3)や、両センター(CTB)などの所謂「ゲインメーカー」を生かすも殺すもSOですから。チームのストロングポイントを前面に押し出すって考えたときに、彼らゲインメーカーをどのタイミングで、どの場所で使っていくか、やはりそれはSOの選択にかかっているんですよね。


――そう
いった中で、松本大輝主将(環4)に期待することは?
林 物静かで落ち着いていますよ、普段の彼は。でも今や、彼はチームの精神的な支柱だと思うんですね。キャプテンになってからは、責任を持ってチームに絶えず声をかけて前を向かせることが出来てますし、そこは秋の本番でも継続してほしいなと思っています。


――元々松本主将は、ああやって大声を出して周囲を鼓舞するタイプだったのですか?いかにもフランカー(FL)気質というか、自分の仕事を黙々とこなすというイメージが勝手ながらあったのですが。
林 うん、確かに主将になってからすごく声が出るようになりましたよね。


――現役時代、松本主将と同じFLのポジションを主戦場とした監督の眼には、彼のプレーはどのように映っているのでしょう?

今年度、慶應義塾體育會蹴球部・第110代主将に就任したFL松本大輝(写真右)。林監督も彼には全幅の信頼を寄せている【安藤貴文】

林 プレーに関しては、まったくもって素晴らしいというか、安定感抜群ですね。バックロー(FW第3列)に安定感は欠かせませんから。試合中タックルの回数が一番多いポジションですし、とんでもないタックルを見舞うかと思ったらすこっと抜かれてしまうバックローもいますけど、彼は違いますね。あと、タックルして、すぐ起き上がってからのジャッカルなんてすごく速くて(笑)。


――さて、今年の前半を振り返ってみると、U20ラグビー世界選手権の日本開催(6/5~6/21)に続き、2019年ラグビーワールドカップの日本開催決定、2016年夏季五輪の追加競技候補に7人制ラグビー選出と、久々に日本でもラグビーが耳目(じもく)を集め、われわれラグビーファンは心躍らせる機会も多かったわけですが、監督はこの一連の流れをどのようにご覧になっていましたか?
林 ウチのCTB仲宗根健太(総2)が出場したU20ラグビー世界選手権に関して。仲宗根も非常に良い経験をした、となるとやはり直前に(右足を腓骨骨折して)出場を辞退したLO三輪谷悟士(総2)にも今大会を経験させたかったですよね。デカイ相手、コンタクトがとてつもなく強い相手とか、高いレベルのラグビーを味わってほしかったというのが正直な感想です。


――
2016年夏季五輪の7人制ラグビーや、2019年日本開催のラグビーワールドカップに出場するかもしれない選手たちを現在預かっている身として、監督が彼らにこれだけは指導しておきたいということはありますか?
林 やっぱり「判断力」の部分でしょうか。(海外の選手との)骨の強度とかサイズの差は如何ともし難いですけど、判断力ってトレーニングで向上可能な部分ですから。パスひとつにしても、「周辺視」を鍛えれば状況判断能力は自然と上がったりするわけで。自分たちの強みを生かす意味でもスピード、敏捷性(アジリティ)、何より判断力という部分を一層トレーニングしていくしかないですね。


――そのあたり、今回のU20ラグビー世界選手権を見ていて、優勝したニュージーランドは日本の参考になると思いましたね。サイズは日本の選手たちと大差ないのに、適確な状況判断、FW-BK間の高度な連携、味方のプレーに素早く反応しフォローに回る姿勢、それら一連のプレーを支える「ラグビーIQ」の高さは別格で、本当に舌を巻くばかりでした。あれこそまさに「ナチュラルラグビー」のお手本といえるのではないかと。

「ニュージーランドは、本当に魅惑的なパスゲームを展開しますよね」(林監督)。ニュージーランドのラグビーこそ、まさに林監督の標榜する「ナチュラルラグビー」に近しいものではないか(写真右は、今年6月日本で開催されたU20世界ラグビー選手権で、見事トライ王の栄冠に輝いたニュージーランドWTBザック・ギルフォード)【安藤貴文】

林 その通りですね。僕は以前オーストラリアにコーチング留学していましたけど、アタックに関してはニュージーランドの方が好きなんですよ。オーストラリアのアタックはどこかインスピレーションに欠けるというか…。ニュージーランドのような魅惑的なボール繋ぎもなくて正直つまらないですし、対応する側のディフェンスも簡単なんじゃないかな、と。


個人的に最も驚いたのが、ああいった他を寄せ付けないプレーをしているチームでありながら、その実10日前にようやくメンバーが集合した「急造チーム」であったということでした…。
林 国のラグビー・スタンダードなるものがしっかりあるからこそ、突然集まっても「ニュージーランドラグビー」を展開できるんですよ。例えば、オフロード(パス)を織り交ぜたアタックとかニュージーランドの選手は本当に上手いですけど、あれも小さい頃からタックルに入られたら、タックラーの側にボールを放るというオフロードの基本を徹底的に叩きこまれた上で、瞬時に正しい判断を下せている。勿論、その瞬時の判断力も素晴らしいので、彼らのアタックは見ていて愉しい、ワクワクしたものになるんだと思います。


――話が
少し逸れました。最後に今季の抱負を。
林 まずは関東大学対抗戦優勝。今季は大学相手には負けたくない感じですよね。「1999年()の再現」ではないですけど、最後(全国大学選手権決勝)まで上りつめたい。そのプロセスで荒波に巻き込まれることもあると思いますけど、それを乗り越えることで一層成長すると思いますので。個人的にも、今年こそは「3年目の正直」で、結果を出していかなくてはと思っています。
1999年・・・慶應義塾體育會蹴球部創部100周年の記念すべきこの年、上田昭夫監督(当時)の下、慶應蹴球部は関東大学対抗戦優勝、全国大学選手権優勝を飾り、メモリアルイヤーに華を添えた。因みに、林雅人も1999年当時、「慶應蹴球部ヘッドコーチ」として歓喜の瞬間を味わっている。


――今日はありがとうございました。

慶應義塾大学下田学生寮内食堂で。余談ながら、監督自身の今後の身の処し方についても伺ってみると、「慶應の監督は、契約通り来年まで」とキッパリ。「その後はどうするんですか?」「寄せ集めの(例えば代表のような)コンパウンドチームではなく、1年もののチームで情熱溢れた人と一緒に仕事がしたい」「タイトルの大きさでも、観客の多さでもなくて、とにかくそこに熱があること」「1年ものは感動の度合が違いますから」。いかにもこの人らしいな、と思って何故だか嬉しくなった【安藤貴文】

(2009年9月8日更新)
取材 慶應塾生新聞会・大学ラグビー取材班(安藤)