約4‌0‌0年前、江戸幕府8代将軍・徳川吉宗は幕府の書庫から一冊の図鑑を取り出させ、直ちに解読するよう医官に命じた。オランダのライデン大学教授・ヨンストンによって記され、50年以上にわたり江戸城に死蔵されていた『動物図譜』だ。

キリンやライオンなど、日本ではそれまで空想の産物と考えられていた動物の挿絵と並び、人魚の姿も描かれている。伝説上の唐獅子を屏風に描いていた時代の日本で、それは衝撃をもって受け止められた。オランダ人は「異界」との接点を持つ「怪物」とみなされた。

江戸中期には、洋靴を履いた高身長のオランダ人を「かかとがない化け物」とする流説があったという。オランダ人の平均身長は今日もなお世界一であるから、無理もない。

蘭学の普及とともに、オランダ人に対する誤解は解けていった。〈同じ造化の所為なれども、国土方域によりて少しのかわりはあるべき事にこそ〉。蘭学者の大槻玄沢は『蘭説弁惑』で、オランダ人とて同じ身体を持つ人間であると説いた。

日本人にとって、オランダ人は知の「怪物」であったかもしれない。未知に対する畏怖からオランダ語を学び、蘭学塾を開いた男もいた。名を福澤諭吉という。

(広瀬航太郎)