「働くこと」と「賃金を得ること」とは、表裏一体の関係である。人間は生きる糧を得るために身を粉にして働く。では、働かずとも収入が入ってくる制度があったら——。しかも共産主義とは異なる方式で。今回は、生活に最低限必要なお金を、国民全員に無条件で給付する「ベーシックインカム(以下、BI)」について、井上智洋駒大准教授に話を聞いた。
一元的な社会保障なのか
BIを導入するに際して、「他の社会保障制度は全ていらない」と説明する人がいるが、井上さんは残すものと残さないものとをしっかり取捨選択することが重要だと考える。
例えば、障害年金は障害というハンディキャップから必要となってくるものであるから、そのまま残しても良いと言う。一方、母子手当や児童手当などは、もらったお金を生活のプラスにするという側面が大きいため、BIに取って代わられても問題はないとする。
日本でも実現可能か
BIの実現について、「やる気のある政治家がいれば日本でも可能だと思います」と井上さんは語る。しかしながら、理解に時間がかかるため、なかなか議論が進んでいないのが現状だそうだ。 働かなくても生活できるという点では、ソ連型社会主義みたいだと誤解する人も多いかもしれない。しかしながら、ソ連型社会主義は、資本家をなくして国民をすべて労働者にするとともに、生産手段を国有化し、中央当局が経済全体をコントロールする計画経済だった。すべての国民が能力と努力に応じて賃金が得られるのが建前としてある。
これとは違い、BIは市場経済の良さを残したまま、人々が最低限のもので生活を送れるにはどうしたらよいか、ということで考えられたものだ。一般的には、資本主義が前提としてある点でソ連型社会主義とは大きく異なる。
実現にあたっての課題
そもそもBIの世間的な認識は、①年齢、性別、所得資産などに関係なく全ての個人に権利として無条件に行う給付、そして②基本的な生活ができる水準の給付、の2点であろう。実はこれ自体を実現するのが難しいとも言われている。
日本で基本的な生活水準を保証するのは憲法25条に基づく生活保護だ。支給金額は様々な要因で異なるため、一概には言えないが、仮に、生活扶助や医療扶助、住宅扶助などをあわせてX円だとする。この額よりも低いと、その人は生活できないため、条件②は満たされない。
このとき、①も満たすためには、X円を約1億2700万人に配る必要がある。計算してみれば、それは日本の一般会計予算を超える大きな額となる。
井上さんは「所得税や相続税を大幅に増税して、安定した財源を確保する必要がある」と主張している。
導入による利点
井上さんによれば、1974年にカナダで行われた実験では、被験者のDVが減るとかメンタルヘルスが改善されるなどの、予想もしなかった良い効果が現れたという。労働意欲の低下が問題視されることもあるが、支給金額をあまり多額にしなければ、大きく変化しないことも分かっている。例えば、支給額が10万円であるとすると、満足に過ごすには物足りないと感じる人もいるだろう。そのように感じる人が良いあんばいになるように支給額を設定すればいいのである。
AIとの関係性
現在、BIを語るにおいて、AIは重要なファクターになっている。「2、3年ほど前から、AI時代にはBIが必要なのではないかという意見が出てきました」と井上さん。今後の懸念として、あるタスクに特化した「特化型AI」と呼ばれるものによって、特定の職種の雇用が減少して雇用が不安定になったり、AI時代についていける人とそうでない人とで格差が開いたりする可能性があると語る。
さらに、不確かな話であるが、今後人間を完全に置き換える「汎用人工知能」というものが現れる可能性についても指摘する。その普及後には、人間が働かなくてもいいという話になって、現在のような労働形態を取っているとは考えにくいそうだ。我々の働き方というものがこれから根本的に変わっているのかもしれない。
(曽根智貴)