2018年問題、ブラックバイト、外国人技能実習制度、パワハラ、賃金差別、就活前倒し——。日本の労働の現場には、喫緊の課題が山積しています。生産性の低下が叫ばれて久しい日本で、私たちは働き方の非効率をどれほど自覚しているのでしょうか。1年間の連載で、働く人々の現状と展望に学生の視点から切り込みます。
「裁量労働制」という言葉がテレビニュースや新聞の見出しを独占している。今国会において、政府は裁量労働制の対象業種拡大を視野に入れた法案を議会に提出した。答弁の根拠として示されたデータが不適切なものであったことが判明し、撤回に追い込まれたことは記憶に新しいだろう。
裁量労働制は、労働基準法における労働時間に関する規則の例外として認められている。労働基準法は、1日8時間、週に40時間を法定労働時間と定め、使用者がそれを超過して労働を課すことは原則として禁じられている。
一方、裁量労働制では、労働時間を測らずに実際に働いた労働時間を「みなし労働時間」と仮定する。例えば、1日10時間働いたとしても、9時間働いたとするみなし労働時間を適用していれば、それは9時間働いたことにしかならない。反対に、1日6時間しか働かなかった場合でも、みなし労働時間としては9時間働いたことになる。
労働法に詳しい明治大学法科大学院の野川忍教授は、裁量労働制について「労働者がそれぞれのワークライフバランスに合わせて主体的に働くことができる反面、時間外労働に応じた割増賃金がもらえないという弊害がある」と指摘する。制度を悪用し、不当に労働者を働かせる使用者が現れるのではないかと懸念されており、「残業代ゼロ法案」などと揶揄する向きもあるのが現状だ。
では、実際に不当に働かされている労働者に打つ手はあるのだろうか。一つの手段として挙げられるのは、労働者自身が裁量労働制の要件に合致していない旨を指摘することだ。例外を認める制度のため、企業側は例外のための条件を整えなければならない。条件が整わないままに裁量労働を課すことは違法であり、労働者には時間外労働分の給与を要求する権利が生じる。
また、労働組合を通じ、改善に向けた交渉を使用者に求めることも可能だ。「基準には当てはまっているが、裁量労働制では労働時間が長くなるだけではないかと交渉するという手立てもある」(野川教授)。
保守体質の企業 対象拡大は時期尚早
裁量労働制の対象拡大が労働者から反発を呼んでいる背景には、日本企業の保守体質に働き方が合致しなくなっているという現実がある。今日の国内大手企業の多くは、高度成長期に構築した雇用制度を維持している。しかし、もはや外国人が日本で働いたり、日本人が海外で働いたりすることは珍しくない。時代が求めているのは、バラエティに富んだ企業と労働者のマッチング・システムだ。「一斉就活」や「一括採用」はもはや時代遅れとも言える。
「あと10年もすれば日本の労働市場は内から変わり始めるのではないか」と野川教授は期待を寄せる。「いずれオイルショック以降に入社した『冷めた視点』を持つ世代が会社を担い、女性が会社の中枢を占めるようになる。労働市場が外部化され、日本の労働者の間でも権利意識が定着する時が来るでしょう」。
欧米のように労働者が個別に企業と契約を結ぶという雇用の形が一般化すれば、国内労働市場の風通しは改善される。企業が「目を覚ます」ことによって、裁量労働制を根付かせるための土壌も必然的に整うだろう。
(根本大輝、広瀬航太郎)