NTTドコモは、昨年末にiモードケータイの生産を終了した。iモードは1999年、携帯電話がインターネットにつながる世界初のサービスとして始まった。現在ではスマホの普及により、利用者は最盛期の3分の1にまで減少した。日本独自の発展を遂げた携帯電話が築き上げたものやこれからについてiモード開発者である夏野剛氏に話を聞いた。
iモードはどのような経緯で開発されたのか。iモード開始以前、携帯電話の機能は音声通話とショートメッセージのみだった。契約者数は順調に伸びていたが、当時の社長は従来のサービスだけでは成熟市場となった場合、それ以上成長が見込まれないと危機感を抱き、インターネットと携帯電話を融合するサービスを作るべきだと考えた。当時の日本では数少ない、インターネットビジネスの経験者として開発に携わった夏野氏は、PCより普及していた携帯電話との融合で、インターネットが急速に普及し、時代は大きく変わると当時から確信していた。
iモードケータイの普及は、夏野氏の想像を超える速度で進んだそうだ。サービス開始1年半後には利用者が1000万人を超え、日本は携帯電話によってインターネットが普及した特異な国として世界的に注目された。
iモードの爆発的普及から技術もそれに応えるように急速に発展していく「好循環」が発生し日本の携帯電話は急速に進化していった。2001年には世界初のアプリダウンロードサービス「iアプリ」、2004年にはLINEスタンプの元となった「デコメ」や、Apple Payの元となった「おサイフケータイ」が開始された。
インターネット接続ができない携帯電話が世界的主流であった時代に、日本の携帯電話は独自の発展を遂げ、いわゆる「ガラパゴス化」が進んだ。
日本では、ガラパゴスケータイ(ガラケー)とスマホを対極的な位置付けのものと考える人が多い。だが夏野氏はこの二つを分ける必要はないと語る。なぜなら、iPhoneやAndroidといったスマホは日本のガラケーが元になっているからだ。AppleやGoogleは日本のガラケーを徹底的に研究し端末を開発したと証言している。「日本のガラケーは『ミニスマホ』。ガラケーとの違いはコンテンツの市場が世界規模になったことのみ」と語る。
未来の携帯電話はどうなるのか。「スマホの大きさを決めているものはディスプレイ。10~20年後にバーチャルキーボードとディスプレイが搭載されることにより小型化する。最終的には30年後、電脳通信となり物体として存在しなくなる」と予想する。
日本では「iモードの父」として知られる夏野氏だが、海外では「father of mobile internet」と呼ばれている。iモードはモバイルインターネットという新しいジャンルを確立したのだ。サービス自体は終息に向かうiモードだが、その精神は形を変えて永遠に続くだろう。
(山本啓太)