「シオカラトンボだ」、「あ、アオスジアゲハですね」。日吉キャンパス・まむし谷の森で、こんな声が飛び交う。とはいえ、これは単なる自然観察ではない。慶應義塾大学・日吉丸の会の、森を守る活動の一環である。
慶大日吉キャンパスにはまむし谷を中心に森が広がっている。その面積はキャンパスの敷地の約4分の1だ。日吉丸の会は、その森を保全する活動を行ってきた団体である。設立は1992年。長きにわたる地道な活動が評価され、今年6月に環境省から地域環境保全功労者表彰を受けた。
現在は毎月第1土曜日に定例活動を行う。午前中に散歩会としてまむし谷を散策し生きものの賑わいを楽しみ、午後は森や水辺の保全のための作業をする。学生のほか、教員、OB・OG、地域の人の積極的な参加も見られる。森では合気道部の道場周辺の「一の谷」と呼ばれる場所を中心に管理を行う。
日吉キャンパスは、台地上に位置している。空から見たとき、その台地を線で囲むと耳の長い小動物のような形が浮かび上がる。そこで、これを「日吉丸」と呼んで会の名に冠している。
日吉記念館の脇から森のほうを眺めたことがあるだろうか。今でこそ谷の地形をなしていることが確認できるが、活動開始当時にはつる性の植物に覆われ、管理されず荒れ果てたスギがひしめく森であった。枝葉が地面への光を遮って、地表に植物の生えない暗い森となっていた。
スギを木材として利用する予定だったが、使われなくなり手入れされなくなってしまったため、森が荒れてしまったのだ。木が伸びすぎれば、地面に草が生えず、土壌の保水力も減少する。この状態では、倒木や地すべりといった災害が起こりかねない。
そこで、スギの木を切り倒し、雑木林を構成するクヌギやコナラを植えた。今ではその木が落としたどんぐりが芽吹き、若木の成長が見られ、環境の改善を感じさせる。
この保全活動は、慶大名誉教授である岸由二氏が提唱する「流域思考」に基づいている。水辺や川と、そこに流れ込む水を貯える森を、「流域」として一体的に考えるのだ。一の谷の整備の中では、湧き水から形成されている小さな水辺で、絶滅危惧種であるメダカやホトケドジョウを放流し繁殖させることにも力を注いできた。同じ鶴見川流域の他の環境保護団体や、CSRとして環境保全を進める企業とも協力しながら、活動を続けている。
現在、日吉丸の会事務局長を務める伊藤隆広さんは「日吉の人たちにとってこの場所を安全で、かつ生きものの賑わいを楽しめる場にしたい」と語る。
日吉丸の会は、自然の保全に関わりながら企業や地域との連携も実践的に行っている場であり、参加する多くの学生を募っている。
日吉を、たくさんの生きものの住む場所、災害を防ぐ場所、社会とつながる場所として捉えてみる。日吉丸の会の活動に足を運んでみれば、日吉キャンパスの森と水辺が新たな視点を与えてくれるに違いない。
(青木理佳)