三田キャンパスの旧図書館が、国の重要文化財に指定されていることはご存じだろうか。旧図書館は義塾の創立50周年を記念して建設された。戦禍を受けて復旧工事を経験したものの、煉瓦造りの外壁や八角塔などゴシック様式の明治建築は当時の風格を残すとして一定の評価を得ている。
一方で近年、日本の文化財が相次いで世界遺産に登録されている。以前は一部の人々にしか存在や価値が認識されていなかったが、登録されることで知名度が上がったという遺産も少なくない。ならば、もしかしたら我々の身近な文化財である旧図書館にも、世界遺産に登録される可能性はあるのではないか。実現すれば、旧図書館に一層箔がついて、塾生の愛塾心も深まることだろう。
旧図書館は世界遺産になりえるのか。世界遺産検定の主催などを通して世界遺産の啓発活動に取り組む世界遺産アカデミーの研究員、本田陽子さんに話を聞いた。
「旧図書館に価値がないわけではないが、世界遺産登録は難しい」。淡い期待も虚しく、これが建物の外観を見てまわった本田さんの結論だった。
理由の一つは登録までの過程にある。世界遺産は年に一度の国際会議で、各国から推薦された候補が審議され決定される。ただし各国が一度に推薦できる遺産数には上限がある。そのため、世界の候補と比べられるより先に国内の候補同士で推薦順を争っているのが現状だ。文化遺産を管轄する文化庁は、国内に候補を増やすことには積極的ではないのだという。
さらに重要なのは、世界遺産には「顕著な普遍的な価値」が条件として求められる点だ。日本だけでなく世界中の人々に影響を与えていて、しかも世界的に突出した唯一無二の特徴を有している必要があるのだという。なるほど、かなり高い要求である。このハードルは超え難い。旧図書館の世界遺産登録はたしかに難しいようだ。
しかし、だからと言って肩を落とす必要はない。「世界遺産は文化財や自然環境を保護・後世へ継承するための、一つの手段にすぎない」と本田さんは強調する。日本人は世界遺産を単純にブランド視しがちだが、世界遺産という枠組みに入らずとも、その遺産に価値がないわけではない。塾生が旧図書館の価値を高めたいのなら、そのためのアプローチは多様にある。今までキャンパスの片隅に静かに佇んできた旧図書館だが、もっと多くの人に知ってもらうような活用の仕方を考えていくのも良い。
「世界遺産」や「重要文化財」といった肩書きに振り回されず、まずはそれぞれの背景を知りその価値を正しく認識した上で保護の眼差しを向けることこそ、大切なことだ。今後、遺産や文化財を訪れる折には、そのようなことを意識してみてほしい。
(石田有紀)