「常に、自分のハンディキャップを強みに生かしたいと思っています」。大韓民国出身の鄭准旭さん(法2)は、笑顔で語った。
彼は現在25歳。日本に留学するのは2度目だ。韓国では、私立の大学に通い、日本地域文化論を学んだ。1年間は広島に交換留学していたという。しかし文化論を突き詰めるうちに、実際の人々の生活に密着した学問を探求しはじめる。
そこで魅かれたのが法律だった。「法律研究が進んでいる日本で、一から法律を学びたい」。その思いが、兵役に就いていた准旭さんを、受験勉強へと駆り立てた。
准旭さんが話す流暢な日本語。習得には並々ならぬ苦労があったに違いない。さらに2度目の留学で、准旭さんは、言葉における新たなステップへ進む。
彼は慶應義塾大学の法律サークル「律法会」に所属している。律法会では、「例会」と呼ばれる民法の勉強会がある。准旭さんは、44年の律法会史上、留学生として初めて例会のリーダーを務めることとなった。
「自分の簡単な日本語で説明すれば、初学者の1年生でもきっと民法を理解してくれる」
発想を変えて、言葉の壁を乗り越える。持ち前のユーモアを交え、できる範囲の日本語で、難解語を分かりやすく話した。彼の例会は、後輩から支持を受け、大人気となった。
除隊して、来日したときには、4月も半ば。そんな准旭さんを親身に支えてくれたのは、律法会の先輩だった。サークル活動を続けた背景には、先輩に受けた恩を後輩にかえしたいという思いがあった。
母国を離れた日本での生活。准旭さんの元気の源は、「ありがとう」の言葉だ。
「自分の例会に来てくれた後輩に、この言葉をかけてもらったときは、ありがたくて涙がでるくらいでした」。どんなにつらいときでも、「もう少しがんばれる」と思えるのだという。
彼の将来のビジョンは、日本で弁護士になること。ここでも「ハンディをメリットに変える」という信念がある。
日本で弁護士をしていく以上、日本人の弁護士のほうが受け入れられやすいかもしれない。それでも韓国語と日本語の能力は、自分の個性であり、財産。「韓国・日本企業間の法的な橋渡しにもなれるはずだ」と語る。
「国のイメージって、人の印象で変えていけると思います。僕が依頼者と向き合っていくことで、その人のなかで、韓国がプラスになったらいいですね」。外国に行けば、母国を背負っているのだという自覚も自然と生まれてくる。
「自分の意志で日本に来たからには、常に努力したい」。鍛えるほどに、広がっていく自らの可能性。異国の地で、揺るがぬ決意とともに、准旭さんは「学び」と向き合い続ける。
(佐々木真世)